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2007年7月17日 (火)

【01A】 黄金町

Koganecho1_5097_23t 当ブログ最初の記事は黄金町駅撮影の画像を選びました。黄金町は京急線内では珍しい通過線のない島式ホームの駅、下り列車は右カーブでホームへ進入するので、その様子はホームからの撮影向きです。

当時平日朝3本が川崎を越えて新逗子まで直通運転をしていました。この3本は急行列車として連続で運転されていたので、短い時間で撮影を済ませられる利点がありました。
(黄金町駅停車 8:12  8:24  8:35)

この画像は1994(平成6)年冬の撮影です。1995(平成7)年7月には営業運転が終了してしまうまで約半年という時期です。1991(平成3)年から投入が開始された5300形も車両数が揃ってきていました。この時期にはもはや3本共5000形ということは望めず、どれか1本でも5000形ならば御の字でした。

幸い3本中1本が5000形でした。光量が足りないなか、なんとか捉えることができました。
当日5000形使用は3本目の23T、新逗子からは千葉ニュータウン行のロングラン運用に就きます。
逗子線直通列車に関する補足はこちらへ。
▼5097-5100は1968(昭和43)年5月泉岳寺-大門間開業向け4次車で登場(日本車輛製造)、1996年1月10日廃車。

(撮影日を失念していますが、京急空港線8両編成運転開始の1994(平成6)年12月以降の冬の朝の撮影です。)

Koganecho1_1149_91c 【5000形を撮影するまで】
まず、このアングルで撮ろうと思って断念したときの画像を紹介します。1994(平成6)年7月4日、都営急行3本の直前にやって来る横浜8:02始発の特急金沢文庫行です。途中上大岡だけ停車の所要時間僅か16分の短距離特急列車です。
列車番号記号はCで、1000形8両編成での登場です。

下見なしですので、この列車で8両編成の撮影感覚を掴みます。相変わらずシャッターのタイミングが早いので、最後部の車両に電柱がかかってしまいました。(本人は大して気にしていません)

 それよりも日差しが強すぎ!、画像補正しているものの、それでもかなりの影になる状態です。この日は下り列車の撮影は諦め、上り列車の撮影に特化しました。

この1000形は6両+2両の組み合わせですが、2両固定の方の車両番号は確認していません。
△1149-1154は1965(昭和40)年3月15日竣工(東急車輛製造)、廃車年月日は調査中。

Koganecho1_5320_43t 【5000形も少なくなって】
この画像の撮影日を失念していますが、平成6年の秋も過ぎ、12月の京急空港線8両編成運転開始と共に、5000形も概ね8両化されました。この時期に夏に撮影を断念した黄金町駅での撮影に再挑戦しました。
ダイヤは平成6年7月のときと変わりません。

都営車両の急行1本目43Tは上り普通列車に被せられてしまいました。これは時刻表どおりでして、5000形がこの運用でなくて、正直ホッとしました。

千葉ニュータウン中央6:26発新逗子8:46着の2時間以上運行のロングラン列車です。

車両番号は既に20編成目、平成6年夏の時点で5300形は21編成168両も出揃っており、5200番台(12両)を含めた5000形(152両)の車両総数164両を上回っていました。
△5320編成は近畿車輛製造の5次車で、18-21編成と共に1994年6-7月に登場。

Koganecho1_5313_35t 都営車両の急行2本目35Tは、これまた5300形使用でした。上り列車のいない意中の姿を捉えることができましたが‥、3本目が5000形という保証はありませんし、上り列車に被られる恐れもあります。

そろそろ焦りも感じていました。

撮影練習の意味もありましたので、5300形でも撮っていました。画像を見ますと、35Tの5300形は13編成目、連結器周囲の様子が20編成目とは異なることがわかる画像になりました。
△5313編成は日立製作所製造の4次車で、11-14編成と共に1993年6月に登場。

35Tは泉岳寺7:46発新逗子8:59着、この列車は全線が京急線内というものでした。

このように、3本中2本連続で都営5300形使用で少々焦りも感じましたが、幸い3本目の23T(京成高砂7:22発 新逗子9:08着)が5000形使用で安心しました。上り列車も現れず、この日の撮影目的は達成できました。
結局、これで撮影できたことで満足し、黄金町駅で撮影したのはこの日が最後となりました。

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コメント

メッセージありがとうございます。また弊ブログもご覧いただいたようで、重ねて御礼申し上げます。今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

都営5000形は子供の頃京急車に次いで馴染み深い車両でした。生麦に住んでいた叔母を訪ねるとき、川崎までは京急の快特・特急と、都営5000形の急行に乗って行ったものです。当時はまだ北総どころか京成車すら盆と正月にしか来なかったころで、5000形は一際目立つ存在でした。私はやはり旧塗装のイメージが強いですね。

京急1000形白幕車も懐かしいですね。

コメントありがとうございます。
いつもブログで楽しませていただいています。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。

当時の思い出話ありがとうございます。私は京成線側ですけれども、都内へ出るたびに見かけていた旧塗装の5000形の印象が強いです。
旧塗装は京成赤電に似た雰囲気でしたので、京急線内では塗装が異なる両開扉の外観は目立つ存在だったと思います。

高架化する前の、鮫洲での普通の追い越しや構内に踏切のあった立会川などの光景を思い出します。京成線側ではあまり味わえない高速運転を存分に体験できたのが、京急線乗り入れ区間でした。

都営車が快特や特急を名乗るとは思ってもみませんでした。

撮影当時は、京急1000形の白幕と黒幕の混在時期でしたが、その期間が長いもので、混在が解消するのは何時?なんて思いながら眺めていたものでした。

ブログの更新スピードが大きく違いますが、時折のぞいてみてください。

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