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2007年7月15日 (日)

5000形の魅力

5093_takasago_top 【引退まで変わらなかった前面窓の大きさに魅了】
窓の大きさ、特に天地方向の長さを気にする者としては、縦長の窓はずっとその大きさを保っているのが望ましいと思っています。

乗入先の京成赤電・京急1000形は共に、更新時や行先表示窓設置時に前面窓の面積が縮小されました。
また、前面デザインが似ている(似てしまった?)営団丸の内線用500形では窓枠のHゴム支持化(幸い全車に及ばず)や、大阪市営の50系(5000形)ではATC機器設置に伴う小窓化が行なわれ、デビュー当時の姿を変貌させる改造が施されました。

それに対して、都営5000形はほぼ全車の先頭車前面窓がデビュー当時の大きさを保ちました。塗装変更、前照灯小型化、行先表示窓の狭幅化がなされても、窓の大きさが変わらなかったことで、この車両の魅力は生涯失われなかったと感じています。

【「普通」表示を出す地下鉄電車】
地下鉄電車といえば、長い間、乗入先でも普通列車としての運行が大勢を占めていたなか、京急線直通運転開始当初から急行列車で運行していたほか、後に京成線・北総線でも急行運用を担いました。
この画像のように、地下鉄電車がわざわざ「普通」表示を出すところにも、直通運転が充実している都営浅草線の特徴が現れています。
(画像は高砂駅停車中)

Yahiro_5000_view 【長さが揃った窓の並びも特徴あり】

窓の大きさでは、前面だけでなく側面の構成にも魅了されました。

上記の画像がわかりやすいと思うのですが、側窓・戸袋窓・扉窓のガラス部分の天地方向(縦方向)の長さが揃っているのです。
側窓は窓枠の分だけ長さに違いがありますが、ガラス部分の上辺・下辺の位置は、戸袋窓・扉窓と同じです。

その戸袋窓付きで狭幅の側窓が並んでいる外観を、窓下の太い赤帯が程よく引き立てています。1981年以降、京成赤電に似たオリジナル塗装から、この塗装へと簡略化されましたが、車両の持ち味を活かしたカラーになったと思っています。塗装に関してはこちらも
(八広駅撮影)

この画像ではわかりにくいですが、関東の民鉄では珍しい近畿車輛のシュリーレン台車を履いています。

Tunnel_tomioka 【こんなところに地下鉄電車!】
今では珍しくもないかもしれませんが、地下鉄に興味を持った30年前(1977年・地下鉄50周年の年)の時点では、地下鉄電車というのは都会の雰囲気のなかを走る電車であるという観念がありました。

その頃から営団地下鉄の東西線や千代田線は都心から離れた国鉄線(現JR)の津田沼や我孫子まで運転していましたが、東西線の高架線、踏切のない国鉄規格の複々線という近代的な光景からは、やはり都会の電車です。当時、郊外を走る地下鉄電車といえば、東武伊勢崎線北春日部まで直通運転していた営団日比谷線3000系くらいです。

5000形も30年前はまだまだ乗入れ先も短いものでした(京成線東中山、京急線神奈川新町)が、その後京成線は東成田まで、京急線は新逗子まで乗入れ先が伸びました。そして、その延伸部分には地下鉄車両に似つかわしくない田園風景や地上のトンネルがありました。

画像は京急富岡駅、上り本線の信号機に遠慮してこのような中途半端な景色になってしまいましたが、緑多い山を越えてくる姿は、地下鉄車両らしくない個人的に楽しい画像です。

※文中の営団地下鉄(帝都高速度交通営団)は、現在東京メトロ(東京地下鉄)です。
※都営車の乗入れ先は5300形になり、さらに延伸されました。詳細は割愛します。

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