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2007年7月17日 (火)

【02】 四ツ木

Yotsugi_5108_23t 京成押上線四ツ木駅です。
都営・京成の境界駅押上にも折り返し運用があるものの、朝夕は主に京急車が折り返すので、都営線を走ってきた都営車は概ね京成押上線も走ります。それゆえ朝ラッシュ後半くらいからの四ツ木駅撮影は、都営車ウォッチに向く駅です。

四ツ木駅は駅舎が押上寄りにあり、平日朝ラッシュ時間帯以外はホームが賑わうこともないので、ホームの青砥寄りで立てば、気兼ねなく滞在することができました。

5000形引退後、本格的に画像奥の橋梁新設工事と駅移設工事が行なわれたため、ここの光景も大きく変わっています。

1995(平成7)年3月2日撮影の8両編成23T、新逗子発千葉ニュータウン中央行のロングラン列車です。新逗子を9:17に出発、四ツ木は11:08、千葉ニュータウン中央には11:45到着と2時間半近くかかりました。

▼5105-5108は1968(昭和43)年5月泉岳寺-大門間開業向け4次車で登場(日本車輛製造)、1995年4月28日廃車。

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【01A】 黄金町

Koganecho1_5097_23t 当ブログ最初の記事は黄金町駅撮影の画像を選びました。黄金町は京急線内では珍しい通過線のない島式ホームの駅、下り列車は右カーブでホームへ進入するので、その様子はホームからの撮影向きです。

当時平日朝3本が川崎を越えて新逗子まで直通運転をしていました。この3本は急行列車として連続で運転されていたので、短い時間で撮影を済ませられる利点がありました。
(黄金町駅停車 8:12  8:24  8:35)

この画像は1994(平成6)年冬の撮影です。1995(平成7)年7月には営業運転が終了してしまうまで約半年という時期です。1991(平成3)年から投入が開始された5300形も車両数が揃ってきていました。この時期にはもはや3本共5000形ということは望めず、どれか1本でも5000形ならば御の字でした。

幸い3本中1本が5000形でした。光量が足りないなか、なんとか捉えることができました。
当日5000形使用は3本目の23T、新逗子からは千葉ニュータウン行のロングラン運用に就きます。
逗子線直通列車に関する補足はこちらへ。
▼5097-5100は1968(昭和43)年5月泉岳寺-大門間開業向け4次車で登場(日本車輛製造)、1996年1月10日廃車。

(撮影日を失念していますが、京急空港線8両編成運転開始の1994(平成6)年12月以降の冬の朝の撮影です。)

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【01B】 黄金町 2

5148_koganecho_23t 《定番アングルながらも夏空を入れて》
黄金町駅ホームからの撮影といえば、上り列車の進入を狙うアングルの写真をよく見ます。自分も挑戦してみました。

この時期、23Tは朝の新逗子直通都営車急行3本中1本だけの6両編成所定運用でした。ですからステンレスカーの5200番台が使用されることはあっても2編成だけですから、5000形使用の可能性が高い運用でした。
新逗子発千葉ニュータウン中央行に関する補足はこちら。

もう少し側面も入る写真の方がよかったのかもと今は思っていますが、撮影当時は、できるだけ正面から狙うように構えていました。

撮影日は平成6年7月5日です。真夏らしい空の下で、窓下の赤帯がまっすぐ伸びている様子を撮れました。

この列車の黄金町駅発は9:47、対して下り普通列車は9:46発、タイミングによっては被られる可能性が高いだけに、待っているときは下り列車の動向が気になっていました。うまいこと撮影できました。

▼5145-5148は1968(昭和43)年10月泉岳寺-西馬込間開業時の5次車で登場(ナニワ工機製造)、1995年9月21日廃車。

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2007年7月16日 (月)

【逗子直通急行に関して】(1)

現在都営車が新逗子へ乗り入れる運用は特急だけになりました。ところが5000形が健在だった頃、長期間にわたり平日朝3本だけの逗子線直通列車が急行列車で運行されていました。自分が5000形を撮影していた頃も、「新逗子」行は注目の列車でした。

5000形が逗子線へ直通していたのは1981年-1995年までの14年間、80年代の一時期だけ休日日中に逗子直通急行が片道20本も設定されていましたが、京急線内運用を除けば、概ね平日朝3本直通列車の歴史でした。

この軌跡を簡単にまとめてみました。

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【逗子直通急行に関して】(2)

逗子線直通運用が増加した時代は長くは続きませんでした。
1988年改正で休日の新逗子行直通急行が一気に消滅、平日朝のみ直通の姿に戻ります。

そして、1991(平成3)年の北総・公団線直通運転開始と共に、新逗子ー北総・公団線直通列車が登場します。そして次第に8両編成化されていき、1994年末には3本とも8両編成運用が所定になりました。

5000形は翌1995(平成7)年7月に全車営業運転終了。直通運用は5300形が引き継ぐものの、1999(平成11)年7月ダイヤ改正で蒲田以南の急行列車の設定が廃止されたことで、都営車による逗子線直通急行の歴史も終わります。
その後は新逗子発特急1本が都営車5300形担当になりました。

ここでは、新逗子統合駅開業から5000形引退時までの歴史を振り返ります。

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【新逗子発千葉ニュータウン中央行】

北総開発鉄道(現北総鉄道)2期線(京成高砂~新鎌ヶ谷)開通と共に、都営浅草線とも直通運転を開始したのが1991(平成3)年3月31日です。このときは朝夕に都営浅草線西馬込への直通があるほかは、川崎への直通運転がメインでした。北総・公団線の電車はそれまでの新京成線松戸への直通運転に加えて、公団-北総-京成-都営-京急の5者直通運転も定期運行となりました。

このときから、1999(平成11)年7月31日のダイヤ改正までの僅か8年間に過ぎませんでしたが、新逗子発千葉ニュータウン中央行という5者直通を最大限に活用した列車が平日に設定されていました。逆方向の列車も含めて、この長距離列車は1-3本しか設定されない寡少な存在でした。

川崎以南での「千葉ニュータウン中央」と北総・公団線内での「新逗子」の行先表示を見る機会が少ない分、注目度も高まります。とくに行先文字の多い「千葉ニュータウン中央」は、京急線内の急行表示と急行灯点灯とあわせて、5000形撮影意欲が湧く列車でした。

ここでは、8年間に及ぶ新逗子発千葉ニュータウン中央行(印西牧の原行含)直通列車に焦点を当てて、その歴史をまとめてみます。5000形引退(1995年7月)後の動向も含めて記述します。

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【新逗子発都営線直通 都営・北総車両】

こちらでは、都営車両を使用する新逗子ー都営/京成/北総線直通急行列車の歴史のうち、新逗子発北総線直通列車が一旦廃止されて5000形も用いられることがなくなった1995年4月改正より、京急蒲田以南の急行列車が全廃される(※)1999年7月改正までを取り上げます。(※正月箱根駅伝の川崎折返し・緊急時を除く)

1995年4月改正より、このロングラン運用に北総・公団車が新たに加わりました。その後も、ダイヤ改正毎に細かな変化がみられます。

特筆は北総線内発新逗子行が1本増加して4本体制にまでなること、一時期北総・公団車ではありますが、北総線内で「急行新逗子」の行先表示の列車が登場しています。

また、都営車を用いる京急線直通特急運用の絡みで新逗子→京成高砂が1本増加したこともあります。

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【都営車の京成線直通急行】

ここでは、都営車による東中山以遠の京成線直通列車(以下、「京成線直通列車」。)について、スタート時の1983(昭和58)年10月1日ダイヤ改正から5000形が引退する1995(平成7)年までの間の動きを書いてみます。

自分の記憶では、特段のきっかけもなく、突然都営車による京成線直通列車の運転が始まりました。都営車の京成線乗入れ区間は長らく東中山まででしたので、津田沼や八千代台でも都営5000形が見られることが可能となり、大いに喜びました。1983(昭和58)年10月1日改正で京成成田までと乗入れ区間が大幅に伸びたのです。

そして、1991(平成3)年3月改正では8両編成も登場すると共に、いよいよ旧成田空港駅である東成田駅まで乗入れ区間が延伸されます。

一度設定された京成線直通列車運用は、歴代のダイヤ改正で途切れることはなく、1995(平成7)年7月の「5000形さよなら運転」も京成線直通急行列車で運行されました。

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2007年7月15日 (日)

◎ごあいさつ

ブログをご覧いただきまして、ありがとうございます。
主に1991(平成3)年-1995(平成7)年に、都営浅草線5000形を撮った画像で構成するブログです。直通運転先の京成・京急・北総・公団の電車の画像もあわせて掲載します。

1991年の北総・公団線への直通運転開始とともに実施された8両編成で北総・公団線を走る姿は、引退が近づくと同時に訪れた5000形の華やかな舞台でした。設定はカメラ任せ・駅ホーム撮り中心ですが、最後の舞台での活躍を記録するために撮影しました。

 私の直そうとしない癖は、シャッターを押すタイミングが早いことです。そのうえ、ピントも甘いです。ブログへの掲載にあたっては、トリミングやシャープを適度に施しています。

画像新規掲載は、月1回か2ヶ月に1回のペースです。極めてゆっくりなペースですが、楽しい作業に没頭し過ぎないようにするためです。

TOPページには、(1)新規掲載5回分・(2)5000形の魅力・(3)リンク・(4)記事予定・(5)おねがいごと、を置きます。過去に掲載した分は、カテゴリー目次をクリックしてご覧ください。

この記事の前頁に、【当ブログ内の表記】に関して記述しています。
また、ブログに関するお断り書きはこちらです。

  【2007(平成19)年7月20日開設7月25日現アドレスへ移動】

    プロフィールはこちらです。

《表紙画像は、1991年に引退するまで旧塗装(銀色の飾り帯がないので、オリジナルではないけど‥)を維持した5057号車》

ブログ内の表記について

1.車両形式の称号は「形」で統一します。
雑誌『鉄道ピクトリアル』【東京都営地下鉄特集号】で、東京都交通局関係者による執筆記事が「形」で統一していましたので、それに倣います。
他の事業者も同様に、該当事業者の関係者執筆の鉄道雑誌掲載記事の表記に倣い、「形」を多用します。

2.列車番号表記は、下2桁奇数+の表記に統一します。
列車番号記載で参照しているのが『京成電車時刻表』です。都営・京急の市販時刻表には長らく列車番号が掲載されませんでしたので、『京成電車時刻表』の記載を優先します。

都営浅草線系統の列車番号は、上1-2桁が始発駅を出発する時刻、下2桁が運行番号、数字の後のアルファベットが所属事業者を表わします。
この下2桁の運行番号の数字を辿ることで、おおよその列車運用の流れが掴める仕組みになっています。(車両交換や列車番号が変わることもあるので注意も必要)

そして、車両前面の列車番号表示は上り下り列車共に下2桁の奇数表示でした。そこでブログ内では下2桁奇数表示とアルファベット表記に統一します。

3.撮影当時の現況で記述しています。
撮影日時が不明瞭なものもありますが、当時の状況にあわせて記述します。
 カテゴリー「概説」では、もう少し長い時間の幅で記述します。

4.撮影時の列車時刻は、市販時刻表を参照しています。
『京成電車時刻表』『京浜急行電車全駅標準時刻表』は価格も大きさも手頃なこともあり、重宝しました。京急の時刻表には列車番号が記載されていなかったので、書き込みをするなどして、情報を補充していました。

  双方とも創刊当時から、ダイヤ改正・修正時に発刊される度に購入しており、概説を記述する際には歴代の時刻表を参照しています。

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○いろいろと

当ブログに対する宣言事項や皆様へのお願い事項など、いろいろ書いてみます。

1.当ブログは個人的に制作しています。関係事業者等への問い合わせはしないでください。
東京都交通局をはじめ、直通運転先の鉄道会社や、一切の鉄道趣味団体とは関係なく制作しています。文責は作者イーチコにあるとともに、当ブログの画像・内容に関して、作者イーチコ以外の方への問い合わせ・質問はしないでください。 

・作者イーチコが撮影した画像は、過去に書籍・雑誌等で発表したものはありません。またweb上でも初公開となります。(一部SNSで公開した画像があります)

2.質問をいただいても、回答できない場合が多いです。
・車両にしても、運用にしても、知らないことの方が多いくらいです。また当時の体験でも記憶が薄くなり思い出せないことも多々あります。

・意味不明瞭なコメント・トラックバックは、予告なく削除する場合があります。

・匿名・通りすがり的な名前の方からの発言には、責任を持った対応はいたしません。必ずしも返信をするわけではないということです。名前を名乗れないと理解できる理由がある場合は除きます。
 例えば、ブログの記述に関して指摘をするときには、メールでも構いませんから、webで用いている自分の名前を名乗ってください。発言に責任感が感じられない、あるいは挨拶もそこそこの軽々しい発言は、文章を読んでも対応する気が湧いてきません。
 
 誤字・脱字・勘違いの指摘に対しては真摯に対応しますが、勘違いの指摘は、誤りが明らかなものを除き、客観的な根拠も合わせて提示してください。証明・論争を要求されても困ります。

3.リンク目的のアドレス掲載は、TOPページ、各記事のアドレスを用いてください。
各記事下部の「固定リンク」の表示をクリックしますと、該当記事の固有アドレスが表示されます。このアドレスをリンクとして用いれば、該当記事だけリンクできます。

4.他の方の著作権を侵害しないようにしています。
・執筆にあたっては、書籍・雑誌の記述、HPやブログのテキストを参照しています。常識の範囲を超える引用(=違法な無断引用)とならないように気をつけます。

・参照している情報の真偽を判定できるだけの知識は持ちあわせていませんが、明らかな誤りと思われる記述を鵜呑みにしないようにします。

※鉄道趣味の世界ではマイナーな車両と思われる都営5000形でも、探せばいろいろな記述があります。ありがたいことです。

5.掲載する作者の画像は、安全に配慮し、危険な場所に立ち入らずに撮影しました。
・画像の多くは駅ホームで撮影したものですが、撮影には三脚は用いていません。

・地下駅で撮影したもののなかには、フラッシュを使ったものがありますが、被写体は駅停車中の列車最後部で、対向列車がいない状況での撮影です。そして、乗務員の方に光が入らないように注意していました。

・撮影にあたって、許可・承諾を得たことはありませんが、ブログに掲載する画像を撮影する際に注意・指導を受けたことはありませんでした。

6.著作者の権利は主張します。
 
無断転載や常識の範囲を超えた無断引用はおやめください。

ブログ開設の動機

小学校入学前後の数年間、京成線沿線に住んでいた影響で、京成電車と相互乗り入れをする電車にはずっと興味をもっていました。そのなかでも塗装は変われども、窓形状を含めてデビュー当時の外観をよく保っていた都営5000形には段々と愛着が湧いていきました。

「都営5000形」を検索すればいろいろと画像・文献に出会えます。でも5000形好きとしては、少々物足りない思いでした。自分が5000形を力を入れて撮影したのは引退までの一時期に過ぎませんが、それでも、そのときの写真に文章を添えた、5000形中心のHPを作成したくなったのです。

数年前から構想は持っていたものの、HP制作の手間を考えて躊躇していました。ところが、自分の構想していたものはblogでも実現できると考え、制作してみたのがこのブログです。制作してみると、思った以上に時間を使うことがわかりました。無理なく進めていく方針です。

5000形の魅力

5093_takasago_top 【引退まで変わらなかった前面窓の大きさに魅了】
窓の大きさ、特に天地方向の長さを気にする者としては、縦長の窓はずっとその大きさを保っているのが望ましいと思っています。

乗入先の京成赤電・京急1000形は共に、更新時や行先表示窓設置時に前面窓の面積が縮小されました。
また、前面デザインが似ている(似てしまった?)営団丸の内線用500形では窓枠のHゴム支持化(幸い全車に及ばず)や、大阪市営の50系(5000形)ではATC機器設置に伴う小窓化が行なわれ、デビュー当時の姿を変貌させる改造が施されました。

それに対して、都営5000形はほぼ全車の先頭車前面窓がデビュー当時の大きさを保ちました。塗装変更、前照灯小型化、行先表示窓の狭幅化がなされても、窓の大きさが変わらなかったことで、この車両の魅力は生涯失われなかったと感じています。

【「普通」表示を出す地下鉄電車】
地下鉄電車といえば、長い間、乗入先でも普通列車としての運行が大勢を占めていたなか、京急線直通運転開始当初から急行列車で運行していたほか、後に京成線・北総線でも急行運用を担いました。
この画像のように、地下鉄電車がわざわざ「普通」表示を出すところにも、直通運転が充実している都営浅草線の特徴が現れています。
(画像は高砂駅停車中)

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記事予定

1.黄金町    2.四ツ木    3.大町    4.京成大和田
5.平和島    6.五反田    7.神武寺    8.京成八幡  
9.白井       10.高輪台    11.東松戸    12.大佐倉  
13.車内     14.北品川   15.金沢文庫    以降続きます。 

リンク

1.東京都交通局浅草線用5000形に関する解説Wikipedia 
※(個人の体験話や正確とは限らない記述が含まれる点はご注意ください)
Wikipedia 「東京都交通局5000形電車(鉄道)」 Google検索1番目のリンク先をクリック。

2.都営浅草線と相互乗入路線の停車駅案内図 (ブログ内で出てくる駅の順番の確認等に利用してください) 東京都交通局HP内
「浅草線 相互直通運転 東京都交通局」 Google検索1番目のリンク先をクリック。
※都営5000形が充当された「急行」列車は、現在では一部区間のみの設定のため、当時の急行停車駅はこの案内図からはわかりません。

○おねがいごと 

1.当ブログは個人的に制作しています。関係事業者等への問い合わせはしないでください。
東京都交通局をはじめ、直通運転先の鉄道会社や、一切の鉄道趣味団体とは関係なく制作しています。文責は作者イーチコにあるとともに、当ブログの画像・内容に関して、作者イーチコ以外の方への問い合わせ・質問はしないでください。 

・作者イーチコが撮影した画像は、過去に書籍・雑誌等で発表したものはありません。またweb上でもSNS以外では初公開となります。

2.質問をいただいても、回答できない場合が多いです。
・車両にしても、運用にしても、知らないことの方が多いくらいです。当時の体験でも記憶が薄くなり思い出せないことも多々あります。ですから、当ブログに関係する質問・問い合わせであっても、回答できない場合が多いです。

・意味不明瞭なコメント・トラックバックは、予告なく削除する場合があります。

・匿名・通りすがり的な名前の方からの発言には、責任を持った対応はいたしません。必ずしも返信をするわけではないということです。名前を名乗れないと理解できる理由がある場合は除きます。
 例えば、ブログの記述に関して指摘をするときには、メールでも構いませんから、webで用いている自分の名前を名乗ってください。発言に責任感が感じられない、あるいは挨拶もそこそこの軽々しい発言は、文章を読んでも対応する気が湧いてきません。
 
誤字・脱字・勘違いの指摘に対しては真摯に対応しますが、勘違いの指摘は、誤りが明らかなものを除き、客観的な根拠も合わせて提示してください。証明・論争を要求されても困ります。

3.リンク目的のアドレス掲載は、TOPページ、各記事のアドレスを用いてください。
各記事下部の「固定リンク」の表示をクリックしますと、該当記事の固有アドレスが表示されます。このアドレスをリンクとして用いれば、該当記事だけリンクできます。

4.著作者の権利は主張します。
 
無断転載や常識の範囲を超えた無断引用はおやめください。

※一部、「○いろいろと」の記述と重複しています。

2007年7月14日 (土)

【参照文献・記事一覧】

《時刻表》
○『京成電車時刻表』各号 (1981年~) 列車番号の記載有り
○『京浜急行電鉄全駅標準時刻表』各号 (1987年~、協和企画)
○『都営地下鉄全駅標準時刻表』創刊号 (1987.12.21発行、協和企画、都交通局監修.)
○『都営地下鉄時刻表』 MATT関東圏私鉄・JR時刻表8月号別冊(1992.8.31発行、八峰出版、都交通局監修) 列車番号の記載有り


《単行本》
○山田玉成・諸河久、『日本の私鉄21 都営地下鉄』 カラーブックス589 保育社 (1982.5初版 1987.12重版)
○花沢政美・諸河久・飯島巌、『私鉄の車両18 京浜急行電鉄』 保育社 (1986.7発行) 
○吉本尚、『京急ダイヤ100年史 1899~1999』 電気車研究会 (1999.4初版)
○広岡友紀、『大手私鉄比較探見』キャンブックス鉄道79 JTBパブリッシング (2007.9初版)

《鉄道雑誌「鉄道ピクトリアル」》
No.501  1988-9臨時増刊 【特集】京浜急行電鉄   
No.550  1991-11臨時増刊 《新車年鑑》1991年版
No.566  1992-10 南雲康夫、「都交5300形新逗子乗り入れ開始」 TOPIC PHOTO 
No.656  1998-7臨時増刊 【特集】京浜急行電鉄
No.677  1999-11 京急同趣会、「京急ダイヤ全面改正」
No.704  2001-7臨時増刊 【特集】東京都営地下鉄

《鉄道雑誌》
○吉村忠晃、「都営5000系新町へ走る」 『鉄道ファン』1976-9 No.185 P110 POST

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