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2007年7月16日 (月)

【都営車の京成線直通急行】

ここでは、都営車による東中山以遠の京成線直通列車(以下、「京成線直通列車」。)について、スタート時の1983(昭和58)年10月1日ダイヤ改正から5000形が引退する1995(平成7)年までの間の動きを書いてみます。

自分の記憶では、特段のきっかけもなく、突然都営車による京成線直通列車の運転が始まりました。都営車の京成線乗入れ区間は長らく東中山まででしたので、津田沼や八千代台でも都営5000形が見られることが可能となり、大いに喜びました。1983(昭和58)年10月1日改正で京成成田までと乗入れ区間が大幅に伸びたのです。

そして、1991(平成3)年3月改正では8両編成も登場すると共に、いよいよ旧成田空港駅である東成田駅まで乗入れ区間が延伸されます。

一度設定された京成線直通列車運用は、歴代のダイヤ改正で途切れることはなく、1995(平成7)年7月の「5000形さよなら運転」も京成線直通急行列車で運行されました。

《直通運転開始約18年で、東中山以遠の直通列車登場》
1960(昭和35)年12月4日、都営1号線(現浅草線)開通と同時に始まった京成線の相互乗り入れは、地下鉄と鉄道線との初めての直通運転の事例として知られています。このとき直通列車の運転区間は浅草橋ー押上ー高砂ー東中山でした。

都営線は次第に延伸、1968(昭和43)年には京急線との直通運転開始と西馬込までの全通を果たします。そして、京急線側の乗り入れ区間は当初の川崎までだったのが次第に延伸され、1976(昭和51)年には神奈川新町まで、1981(昭和56)年には逗子海岸まで都営車が運転されるようになりました。

その反面、京成線側の乗り入れ区間はずっと変わらず、1976年頃の記憶では東中山まで運転するのは夜間の数本だけで、概ね小岩・高砂まででした。

ところが、1983(昭和58)年10月1日改正で、突如都営車による京成線直通列車が急行列車で設定されます。ステンレスカーの5200番台に限定されることなく、5000形も用いられました。
このときの運用は、1本の編成が西馬込と佐倉(全日)・成田(平日のみ1回)を往復するものでした。

この急行運用に入る際は、貫通扉ガラスに「急行」の円板を装着しました。京急線側では装着しないものを、わざわざ装着したのは、普通列車と間違えて乗車するのを防止するためだとされています。
この「急行」円板装着は1998(平成10)年の羽田空港駅開業時まで5300形でも継続していました。

なお、平日夜間のみの東中山直通普通列車も継続しています。1983年時点では西馬込・川崎始発が各1本ずつでした。

《充当本数の増加と、普通列車の佐倉行直通も登場》
青砥ー高砂の複々線化完成と通勤特急が設定される1985(昭和60)年10月19日改正では、京成線直通列車に充当する編成が増加します。これで5200番台の日は5000形乗車は不可能になっていたのが、充当編成が2本以上となった平日であれば必ず5000形での乗車が可能になりました。(休日は2編成充当)

このとき、西馬込6:19発の急行成田行が設定されます。従来西馬込発京成線直通急行の初発は7:40頃でしたので、大幅に初発時刻が繰り上がりました。但し、新設されたのはこの1本だけなので、2番目の急行列車は相変わらず西馬込発7:40前後でした。

更に特筆モノは、平日朝の川崎始発成田行急行列車1本の設定と、平日夕方の西馬込発佐倉行普通列車2本の設定でした。
 京急線・京成線内を共に急行運転する定期列車はこれが初めてです。

最も驚いたのは、普通列車で佐倉まで運転するようになったことです。京成線の急行列車は東急東横線の急行とならぶ通過駅の少ない優等列車で、西馬込を出てから佐倉までは50駅ありますが、急行はそのうち9駅しか通過しません。各駅停車区間が長いことと、連続停車も複数存在するためです。
 従って、急行運転をしている区間を普通列車でも走るようになっても、大した差はないようにみえます。ところが、幼い頃から京成電車に親しんでいる者にとっては、9駅だけの通過であっても急行と普通との差というのはとても大きなものでした。

急行の通過駅が少ない分、普通佐倉行の設定で新規に都営車が停車することになった駅の数は僅か3駅にすぎません。

後に、普通佐倉行の2本中1本が普通成田行へ延伸されるほか、急行列車の設定時刻も変更するものの、大勢は1991(平成3)年3月改正まで継続します。

《北総線直通重視による京成線直通列車の削減》
成田空港駅開業と北総・公団線との乗入運転を開始した1991(平成3)年3月改正では、平日の京成線直通列車が、西馬込発初発急行列車だけになってしまいました。
普通列車は東中山行も含めて、都営車運行はなくなりました。

休日は、成田空港駅改め東成田駅まで乗入れ区間を延伸した急行列車用に、都営車2本が終日使用されることになりました。

平日の1往復は6両編成が存置されましたが、休日の急行は2編成とも8両編成化されています。京成線直通列車を都営車で乗りたければ休日がお奨めでした。

《平日も8両編成化、そして京成線直通列車が1往復増加》
1992(平成4)年は、「京成電車時刻表」が3回も発刊された年でした。
2回目の発刊となる7月17日ダイヤ修正(成田ー宗吾参道間の線形変更)では、平日僅か1往復の03Tが8両編成化されます。

休日では、日中~夜間に京成線直通列車が1本増加しました。京成車6両編成の西馬込発高砂行急行列車に高砂で接続する形で運用に入ります。これで休日の京成線直通列車は3編成での陣容となりました。

3回目の時刻表発刊時の12月3日ダイヤ修正(空港第2ビル駅開業)では、平日日中に西馬込と成田を1往復する急行列車の運用(29T)が8両編成で設定されました。
29Tは朝ラッシュ終了後から高砂→西馬込→成田→西馬込→高砂と急行運転を行ない、はじめの高砂→西馬込は03T急行西馬込行とは10分遅れの続行でした。
これで、平日には、都営車が2編成が西馬込ー成田間を各1往復することになりました。

《休日は4編成体制へ》
1993(平成5)年4月1日改正では、休日の京成線直通列車がさらに1編成増えて、4編成になりました。4編成とも一度運用に入れば、終日急行運転を続けました。

《休日は5編成体制へ》
1994(平成6)年4月1日改正では、休日の運用がまたまた1編成増えて、合計5編成になりました。成田発時刻18:43 19:00 19:23 19:42 20:25の急行が連続で都営車の設定になっています。(18:43発のみ高砂行で、残り4本は西馬込行。また、東成田始発を含んでの5本連続です。)

《5編成体制は続かず》
1995(平成7)年4月1日ダイヤ改正では、前年5編成目で登場した運用が京成車に戻り、休日は4編成体制へ早くも戻りました。
このダイヤ改正から3ヵ月後、5000形は引退します。

この時期、5000形が使用された回数は少ないと思われますが、平日は2編成の各1往復、休日は4編成の終日往復という設定でした。

以降の経過はここでは割愛します。

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