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2007年7月16日 (月)

【新逗子発千葉ニュータウン中央行】

北総開発鉄道(現北総鉄道)2期線(京成高砂~新鎌ヶ谷)開通と共に、都営浅草線とも直通運転を開始したのが1991(平成3)年3月31日です。このときは朝夕に都営浅草線西馬込への直通があるほかは、川崎への直通運転がメインでした。北総・公団線の電車はそれまでの新京成線松戸への直通運転に加えて、公団-北総-京成-都営-京急の5者直通運転も定期運行となりました。

このときから、1999(平成11)年7月31日のダイヤ改正までの僅か8年間に過ぎませんでしたが、新逗子発千葉ニュータウン中央行という5者直通を最大限に活用した列車が平日に設定されていました。逆方向の列車も含めて、この長距離列車は1-3本しか設定されない寡少な存在でした。

川崎以南での「千葉ニュータウン中央」と北総・公団線内での「新逗子」の行先表示を見る機会が少ない分、注目度も高まります。とくに行先文字の多い「千葉ニュータウン中央」は、京急線内の急行表示と急行灯点灯とあわせて、5000形撮影意欲が湧く列車でした。

ここでは、8年間に及ぶ新逗子発千葉ニュータウン中央行(印西牧の原行含)直通列車に焦点を当てて、その歴史をまとめてみます。5000形引退(1995年7月)後の動向も含めて記述します。

《新逗子発千葉ニュータウン中央行の登場》
1991(平成3)年3月31日、北総・公団線との直通運転が川崎-千葉ニュータウン中央間の運行を中心に始まったなかで、平日に上下1本ずつ都営車6両編成による千葉ニュータウン-新逗子間のロングラン運用が設定されました。

 新逗子行が43T、千葉ニュータウン中央行が45Tです。新逗子直通運用3本のうち2本が北総直通ロングラン運用に関わることになりました。尚、43Tは新逗子折返・新町検車区で休憩後、45Tに遅れる形で、子安始発千葉ニュータウン中央行の運用に入りました。両運用とも6両編成所定のため、5300形は使用されませんでした。

1991年『京成電車時刻表』と『京浜急行電車全駅標準時刻表』より
※千葉ニュータウン中央は「千葉NT」と表記

  43T 千葉NT6:23→青砥6:58→新逗子8:46
  45T 高砂7:08→新逗子8:59
  23T 青砥7:22→新逗子9:08

  43T 新逗子8:50→神奈川新町9:23/子安10:24→高砂11:34→千葉NT12:07 
  45T 新逗子9:02→高砂10:54→千葉NT11:27
  23T 新逗子9:14→泉岳寺10:39

23Tは泉岳寺到着後は泉岳寺-西馬込の折返し運用に充当、17時頃に西馬込で8両編成と車両交換していました。6両編成の23Tは北総線乗り入れには関わっていませんでした。

千葉NT行デビュー時、5000形はまだ全車健在でした。未確認ですが、8両編成化された車両以外は、43Tや45Tの運用に入ったものと思われます。ブログ表紙画像の旧塗装車も45T運用に就き、京急線内を「急行 千葉ニュータウン中央」行で快走していました。

《8両編成登場》
1992(平成4)年7月17日ダイヤ修正『京成電車時刻表』の記述では、43T・45T共に8両編成が所定になります。逆に6両編成の新逗子-北総直通運用がなくなりました。
(2007年9月11日追加) 43T・45Tの8両編成で運転開始したのは、1992(平成4)年6月29日でした。(雑誌『鉄道ピクトリアル』1992年10月号POST欄掲載)
 まだこの頃は5300形の本数も少なく、5000形8両編成で見る機会が多かったです。

《6両編成復活=短命だった8両編成時代》
1993(平成5)年4月1日羽田直通運転開始時に、ロングラン運用に変化が現れました。羽田-北総直通運用に6両編成を充当させる(京急空港線の羽田駅引上線有効長の影響)ために、新逗子発千葉NT行は23Tの6両編成所定へ変更になりました。

また43Tは8両編成のために千葉NT→新逗子は8両編成が継続されるも、都営線に戻ってくる間に京急車と車両交換を行ない、43Hを名乗り子安から千葉NTへ向かいました。
結局、都営車8両編成による新逗子始発千葉NT行は短命に終わりました。

(2007年9月28日追加)
1994年『京成電車時刻表』と『京浜急行電車全駅標準時刻表』より

  43T 千葉NT6:26→青砥6:58→泉岳寺7:31→新逗子8:46
  45T 高砂7:07→泉岳寺7:44→西馬込7:55
  35T                                   泉岳寺7:46→新逗子8:59
  23T  6両編成   青砥7:22→泉岳寺7:56→新逗子9:08 

  43T 新逗子8:50→神奈川新町9:23/   
  35T 新逗子9:02→神奈川新町9:34/
  35H 新   町9:40→泉岳寺10:20→高砂10:55→千葉NT11:26
  23T 新逗子9:17→泉岳寺10:40→高砂11:15→千葉NT11:45 
  43H 子 安10:24→泉岳寺11:00→高砂11:35→千葉NT12:04 

43H、35Hは京急車6両編成、23Tは都営車6両編成です。
35Tは品川13:37発千葉NT行より、43Tは品川14:17発千葉NT行より営業運転再開。
 
この改正では、朝夕は川崎-北総・公団線直通列車があるものの、日中は羽田-北総・公団線直通列車が占めるようになりました。但し、北総・公団の車両が8両固定か4+4の8両編成のために6両編成がなく、日中は他社車両のみが走っていました。
 

※引用時刻表が1993年版ではなく1994年版なのは、1993年版京成と京急の各時刻表の記載に食い違いがあるほか、不明な点が含まれているためで、1993年版とほとんど変化がないだろうという推測で、1994年版各時刻表の記載を参照しました。1993年版に関することは後日取り上げてみます。

また、羽田直通運用が始まったものの、平日の羽田-北総直通に関しては設定本数が少なく、千葉NT発羽田行は9:15~14:35の間の12本、羽田発千葉NT行は10:53~15:34の間の10本に留まっていました。そのため8両編成に代わる6両編成の運行は、せいぜい2往復でした。尚、上記の運行本数には、途中で車両交換をする列車を除外していますので、それを含めれば、もう少し北総直通運用の設定はありました。(追加文章終了)

 《8両編成の復活=6両編成運行の終了》
1994(平成6)年12月10日、ダイヤ修正もないため時刻表は未発刊でしたが、京急空港線の8両編成運行開始と共に、それまで6両編成所定の運用にも8両編成が用いられるようになります。23Tも8両編成化され、川崎以南では平成5年4月以来久しぶりに5000形8両の「急行 千葉ニュータウン中央」行が見られるようになりました。

《でも8両編成時代はまたもや短命》
1995(平成7)年4月1日ダイヤ改正では、とうとう新逗子発千葉NT行の都営車運用がなくなってしまいました。

その代わりに23Tに似た時刻設定で、北総・公団車による新逗子発千葉NT行が設定されました。北総・公団車は1993年改正より新逗子までの運用を持っていましたが、往復共に京急線内で行先を変えており、公団-北総-京成-都営-京急の通し運用の逗子線直通列車を担当するのは初めてです。

この改正以降、川崎以南でも北総・公団車での「千葉ニュータウン中央」表示が新たに見られるようになりました。

子安始発北総・公団線直通運用は、43T印西牧の原行で残りましたが、新逗子始発は8両編成運転が復活したものの僅か3ヶ月あまりの出来事となってしまったのです。子安以南での5000形8両編成「急行 千葉ニュータウン中央」行の姿は再び見られなくなりました。このまま3ヵ月後に全車営業運転から引退します。

おそらく23Tが5000形8両編成で写っている写真は貴重なものと思われます。

1995年改正の続き以降は、下記記事へ続きます。

※千葉ニュータウン中央は「千葉NT」と表記しています。

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