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2007年7月15日 (日)

◎ごあいさつ

ブログをご覧いただきまして、ありがとうございます。
主に1991(平成3)年-1995(平成7)年に、都営浅草線5000形を撮った画像で構成するブログです。直通運転先の京成・京急・北総・公団の電車の画像もあわせて掲載します。

1991年の北総・公団線への直通運転開始とともに実施された8両編成で北総・公団線を走る姿は、引退が近づくと同時に訪れた5000形の華やかな舞台でした。設定はカメラ任せ・駅ホーム撮り中心ですが、最後の舞台での活躍を記録するために撮影しました。

 私の直そうとしない癖は、シャッターを押すタイミングが早いことです。そのうえ、ピントも甘いです。ブログへの掲載にあたっては、トリミングやシャープを適度に施しています。

画像新規掲載は、月1回か2ヶ月に1回のペースです。極めてゆっくりなペースですが、楽しい作業に没頭し過ぎないようにするためです。

TOPページには、(1)新規掲載5回分・(2)5000形の魅力・(3)リンク・(4)記事予定・(5)おねがいごと、を置きます。過去に掲載した分は、カテゴリー目次をクリックしてご覧ください。

この記事の前頁に、【当ブログ内の表記】に関して記述しています。
また、ブログに関するお断り書きはこちらです。

  【2007(平成19)年7月20日開設7月25日現アドレスへ移動】

    プロフィールはこちらです。

《表紙画像は、1991年に引退するまで旧塗装(銀色の飾り帯がないので、オリジナルではないけど‥)を維持した5057号車》

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コメント

こちらでは始めまして。

父親にはじめて東京へ連れて行ってもらったのが平成3年、既に5300形が出ていたものの京急2000形やAE100系を見たいと頼んで連れて行かれた品川や高砂ではまだまだたくさんの5000形を見たのを記憶しています。

その後も毎年夏休みに東京へ連れて行ってもらっていましたが、京急と京成の車両が完全冷房化された後も遅くまで非冷房車だったので、同じ様に阪急車が完全冷房化された後も非冷房車が残っていた大阪市交60系とだぶる所があって決して好きな形式ではありませんでしたが、阪急1010・1100系を思わせる屋根肩のRの部分に並ぶルーバーが妙に印象に残っています。

コメントありがとうございました。東京で見たい電車が京急・京成というのは嬉しいです。平成3年の高砂は、北総・公団線の電車も乗り入れるようになり、かつてない楽しい場所になっていました。AE車は未だに乗ったことがありません。

同じ5000でも、ほぼ同期の東京メトロ東西線用5000が、冷房改造も受け最近まで活躍していました。冷房の有無だけではないのでしょうが、やはり大きな違いをもたらすと感じます。

私は学生の頃は非冷房車大好きで、山手線103系時代はわざわざ編成中央に非冷房車に乗っていました。
屋根肩のルーバーは、京成の青電にもいました。普段乗っていた赤電にはない、何か特別な装備のような趣がありました。関西では阪急の1000系シリーズですね。冷房改造されてルーバーがない姿も好きでした。

またのぞいてみてください。

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