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2007年11月18日 (日)

【08A】 京成八幡

08_28_23 《京成線内の島式ホーム》
当時京成中山駅近辺に住む友人宅へ向かう際に、普通列車への乗り換えも兼ねて、八幡駅で5000形を撮影したものです。京成線内では珍しい島式ホームの駅という以外に特色もない光景ですが、せっかく5000形を撮影できるのだからと、時間を合わせて撮ったものです。

線路の間の架線柱や信号機器がなければ、もう少し車両の側面も入れた撮影をしたかったのですが、下見せずに現地に立ってみたら、正面がちに撮るしかないということになりました。

京成八幡駅は駅前に京成百貨店がある、特急列車も停車する主要駅です。現在は都営新宿線本八幡駅との接続をしています。

京成線では、有料制でない優等列車はもれなく八幡に停車していたのに対して、並行するJR総武本線の本八幡駅では快速列車は通過しています。反対にJR快速が停車する市川に近接する市川真間を京成の特急は通過しています。この対照的な停車駅の設定は幼い頃から興味がありました。

08_28_12

《どこかのんびりした雰囲気が》
発車直前に1枚撮ってみました。影が多いですが、並走するJR総武本線の駅との規模の違いを感じるホームの様子です。

朝夕ラッシュ時以外の時間帯ばかりの私の体験ですが、八幡は特急停車駅であるにも関わらず、大勢の乗客が乗り降りする様子は見られませんでした。この画像からも賑やかさは感じられず、どこかのんびりした雰囲気があります。

《休日に多かった都営車急行》
撮影当時、平日は2本の編成が各々1往復するだけの都営車使用の急行列車も、休日ダイヤになると都営車使用の急行列車が増加しました。増加した理由は未確認ですが、都営車の京成線内急行列車を楽しみたければ、休日が狙い目でした。1991年3月のダイヤ改正当時は5000形8両編成が主力の休日の急行運用も、5300形の投入されていくにしたがって、次第に5000形の姿が見られなくなっていきました。
概要ですが、京成車直通急行運用の歴史はこちらへ

▼(西馬込寄) 5117-5120は1968(昭和43)年10月泉岳寺-西馬込間開業時の5次車で登場(近畿車輛製造)、1994年8月26日廃車。

▼(成田寄) 5141-5144は1968(昭和43)年10月泉岳寺-西馬込間開業時の5次車で登場(ナニワ工機製造)、1994年8月26日廃車。
同日に上記の8両だけが廃車になっていますので、撮影後もこの2編成併結の8両編成で運用に就いていたものと思われます。

続けて、京成車だけの構成ですが、当時よく下車していた京成中山駅で撮影した画像を紹介します。

(1993(平成5)年2月14日撮影)

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コメント

はじめまして。しろちゃんと申します。どちらかというと「模型鉄」です。
私は5000形が逗子海岸まで乗り入れをはじめた年に生まれた世代であり、現役当時の記録はほとんど取っておらず、今になって初めて知ることばかりで、イーチコさんのブログは「教科書」的存在です。手を合わせてから見たくなる内容ばかりです。
私の一番古い記憶…新旧塗装まぜこぜで、日曜日に新町行き急行でバンバン走っていたことを思い出します。(生まれて以来、横浜以南在住です。)
5000形は登場してから引退まで、あまり姿が変化しておらず、当初の設計がよくわかる電車であったというのが、私の好きな理由の一つです。
いま気になっているのは、1993年4月からしばらく、6連で羽田~千葉NT往復していた頃です。京急、京成旧車入り乱れて大活躍していた時代です。
今後とも楽しみに拝見させていただきます。

はじめまして。コメントありがとうございます。

混色編成が急行新町行で走っていた頃のことを覚えていらっしゃるのは嬉しいですね。【逗子直通急行‥】でも触れましたが、5000形が川崎以北だけでなく、川崎以南の京急線内急行運用まで一手に引き受けたような活躍に注目しました。撮影はしていませんが、今でも思い出すだけで楽しくなります。

現在でも都営車の広域運用が話題になる浅草線、京急線内完結の急行列車が5000形ばかりで設定されていたことは、それに匹敵する事象だったと思っています。

休日の逗子急行運用に励んでいた時期は、長く続いた混色時代に重なります。4年もすれば混色も珍しくなるほど塗装変更が進むと思っていたのに、思った以上に時間がかかりました。


私は鉄道趣味の中でも「読み鉄」になります。都営5000形に関する鉄道雑誌や書籍の記述を読むことを楽しみにしているものの、読みっぱなしという面がありました。ブログ開設をきっかけに、これまで目にしてきた記述を読み直す作業をしています。ある意味、このブログは都営5000形に関するノートづくりという面があります。

自身でデータ収集はしていないこともあり、それらの文献のおかげでこのブログも成り立っています。

5000形がお好きな理由、私も同感です。


1993年4月から2年で終わった羽田直通6両編成限定時代、新車といえば各社8両固定を導入する時代のおかげで、ベテラン車両主体の姿を見ることができました。

京急1000形が北総線内を走るようになったのも、これがきっかけでしたし、京成も赤電6両固定編成が主力となりました。京成電車の場合は短期間で終わった混色時代に重なっています。
 続々廃車が発生していた5000形も、羽田直通では主役を務めていたことは痛快でした。その代わり、夏季のロングランは大変だったことでしょう。

更新がスローペースで恐縮ですが、これからも宜しくお願いします。

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