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2007年11月17日 (土)

【08B】 京成中山

08_28_13 《構内踏切のある駅、京成中山》
1990年代前半頃、下総中山に住んでいる友人(男性)宅に訪問するのに、乗り換えの楽な京成電車利用でも出かけていました。その際に撮った画像を紹介します。

※この記事には都営車の画像はありません。

構内踏切があるからレトロというわけではありませんが、構内踏切のある駅のもつ雰囲気には、鉄道ファンとしては趣深いものを感じます。

中山駅の場合は、駅部分だけでなく駅周囲の街の雰囲気も昭和30年代そのままといっていいのでしょうか、京成電車であれば、この画像に青電を置いても違和感を感じないことでしょう。中山法華経寺の門前町の風情がいい感じです。

Wikipedia「京成中山駅」に掲載されている駅の画像(2005年撮影)と比べますと、下りホーム(船橋方面)では踏切部以外に上屋がないのに対して、現在ではホームの長さ半分程度の上屋が設置されています。
撮影時点では一時的に上屋が撤去されていたのでしょうか。確認不十分です。

08_28_17 《路線バスをよせつけない中山》
駅前の踏切を撮っています。写っている3600形は高砂方面の列車で、これから中山駅に停車するところです。

踏切の奥、道路上にかかっているのが、法華経寺黒門(総門)とのことです。(市川市HPから検索しました)

柴又とはまた異なるお寺の門前町という風情が感じられます。

何より道幅の狭さに注目です。京成本線の駅前は道幅が狭いところが多く、路線バスの折返しはJR駅という状況が各所で見られます。ところが、中山に関しては、高架構造のJR下総中山駅にも路線バスの発着がありません。この道がそのままJR駅まで繋がっているような状況で、路線バスを駅に寄せつけないのです。
わずかに両線の間を並行している千葉街道を京成バス(撮影当時は京成電鉄直営)の路線があるのみでした。
※過去には国鉄下総中山駅にも路線バスの発着があったようです。

そして、その狭い道は昔からの商店街のたたずまい、それが中山駅の外観とあいまって、訪問するのが楽しいと思える街を形成していました。

《鉄道と道路が近接して並行する区間》
京成線は江戸川ー千葉中央間をJR総武本線と並行していますが、江戸川ー京成船橋間は千葉街道を挟んで北側を京成電鉄、南側をJR総武本線と3本の鉄道・道路がお互いの姿が見えない程度の距離を保って並行しています。ところが、1972年に直線の高架複々線となったJR総武本線の電車内からみる風景と、京成電車内からみる眺めは全然異なるように見えました。高架橋から見渡すように眺めるのと、地上を走る同じ目線の位置で車窓が変わっていくという目線の高さだけではない、違いを感じるものでした。
 
京成線からの車窓では長年変わらない光景に思えましたし、これから銀座・新橋へ行こうとして電車に乗っているのに、都心へ近づいている感覚が湧いてきませんでした。でも、それが段々と京成らしいものと自分のなかへ浸透していったのです。

08_28_19 《当時最古参の3050形》
中山駅の撮影をしようとまっていたら、うまいこと当時の最古参車3050形が到着しました。

冷房装置を搭載して、前面も塗装もデビュー当時とは大きく異なる外観となっていましたが、幼い頃から見慣れていた京成赤電のスタイルをこの時代でも保っていました。

行先表示の「大森台」は千葉中央駅から直通していた千葉急行電鉄の第1次開業区間の終点でした。ちはら台延伸後は大森台折返しはなくなりましたので、ごく短期間だけ見ることができた行先表示です。

乗入れ先の京急線には都内に「大森海岸」駅が存在していますが、同じ「大森」を名乗る地名でも距離の離れた場所でした。

08_28_15

《数少ない千葉急行貸出車》
中山駅を出発した千葉急行直通普通の大森台行です。

画像の3071-3074は、1959(昭和34)年9月に帝国車輌で製造、1980(昭和55)年4月(3071-3072)、6月(3073-3074)に更新・塗装変更が実施されて、1990(平成2)年11月に冷房改造・行先表示器設置・前照灯移設を行っています。この画像は、その時代の外観です。

その後、1994(平成6)年1月に千葉急行電鉄へ貸し出されています。貸出時に再度塗装変更が行われて、置換える元京急1000形塗装を受け継いだ青地に白帯姿になりました。千葉急行時代は長くは続かず、1996(平成8)年1月15日に京成へ返却・廃車となりました。

なお、3050形で現行の鋼製車塗装へ変更された車両はないとのことです。

08_28_21

《塗装変更試験車も撮りました》

現在の鋼製車塗装は、いわゆる赤電にも似合っているカラーだと感じます。塗装が決定したときにも違和感を感じなかったのは、同じカラーというわけではありませんが、京成初代AE車の変更後の塗装に通じるものがあったからかもしれません。

この緑色の車体は、現行塗装に決定する前に試験的に塗装された車両です。(塗装変更試験車の概要は別の機会に書いてみます)

今から眺めても、違和感を感じる塗装でした。実際は緑の濃淡で構成されていた京成青電ともイメージが重なりません。緑の電車はこのときを含めて2回しか撮りませんでしたが、定着した現行塗装の鋼製車が、3400形を除いて全車引退も見えてきた今となっては、貴重なひとコマといえるでしょう。

▼3205-3208は1964(昭和39)年10月24日に帝国車輌で製造、1980(昭和55)年8月に塗装変更、1986(昭和61)年5~6月に更新・冷房改造で前面スタイルを一新、1992(平成4)年1月より1993(平成5)年5月まで緑色の塗装変更試験車、後に現行塗装へ変更、2003(平成15)年3月24日に廃車

(1993(平成5)年2月12日撮影)

車両データは『鉄道ピクトリアル』No.787 2007年3月臨時増刊号 「京成電鉄データファイル 京成電車車歴表」参照
3205-3208の現行塗装への変更時期は、HP「京成電鉄を探るweb」の記載を参照いたしました。ありがとうございます。

『鉄道ファン』1993年10月号No.390 P91 CAR INFO「京成電鉄 通勤車の塗色一新」では、「5月末には、ライトグリーンをベースにした塗装変更試験車の3205-3208編成がニューカラーになっている」旨の記述がありました。
記事には「定検出場車として3167~3170編成がトップをきって竣工した」との記述もあり、同編成の新塗装になったカラー写真が掲載されています。撮影時は普通上野行に充当中で、貫通扉の種別板は赤一色板の表示になっています。

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コメント

3205~3208は一旦戻されず、緑から今の色に試験的」に塗り替えてます。
http://hinofukin.net/

ご指摘ありがとうございました。

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