2008年1月20日 (日)

【09補足】 白井

《羽田~千葉NT間 6両編成運転時代を紹介》
 先月、しろちゃんさんより戴いたコメントに、「いま気になっているのは、1993年4月からしばらく、6連で羽田~千葉NT往復していた頃です」とありました。恥ずかしながら、しろちゃんさんのコメントを拝見したときに、その時期の画像をメインに据えた記事をまだ作成していないことに気がつきました。
 そこで、今回の白井では、羽田~千葉NTを6連で運転していた時期の都営・京成・京急の各車両の様子を紹介してみることにしました。

もともと車両を小さく撮る傾向がある中で、とりわけ車両が小さく写っている画像ばかりで構成しています。周囲の景色とのセットでご覧いただければと思います。
 掲載画像選択のきっかけを作っていただいたしろちゃんさんに御礼申し上げます。ありがとうございました。

実はそれまでは、公開する季節に合わせて、冬に白井で撮影した画像を紹介する予定でいました。
Shiroi_23t_5081

最後尾が架線柱に重なってしまった画像ですが、8両編成の魅力を捉えたと自身は満足しています。
 冬に撮影した画像は、別の機会に紹介してみます。

《西白井で撮影した画像のほうが気に入っています》
1994年夏に出かけたときは、西白井駅よりさらに西側の地点から小室まで、徒歩で移動しながらの撮影でした。線路を越す陸橋が少ない場所を選びながらの撮影です。私は西白井で撮った画像のほうが気に入っています。

今回は数少ない5200形を写した画像を紹介します。ここも別の機会に改めて紹介してみます。
Nisishiroi_5207 最後尾車の車両番号が5207と読めました。8両編成への編成替えの際に余剰となり除籍となった車両です。

▼5200番台とも呼ばれたステンレス車両は、5000形第6次車として、5201-5212が6連固定2本で、1976(昭和51)年3月に製造(アルナ工機製造)、4月1日竣工
冷房化は、5201-5206が1989(平成元)年10月4日。5207-5212が1988(昭和63)年12月22日に実施。

5207 5208 5211 5212の4両は、1996(平成8)年9月3日廃車。
5201-5206と5209・5210で、1996(平成8)年12月27日より8両固定編成で営業運転開始

2000(平成12)年8月14日に、形式を5000形から5200形に変更。2006(平成18)年11月にさよなら運転実施後、全車引退。
(岸上明彦、「私鉄車両めぐり〔166〕 東京都営地下鉄」 浅草線、『鉄道ピクトリアル』No.704 2001年7月臨時増刊号 【特集】東京都営地下鉄 P157)


《千葉ニュータウン内の線路両側の空き地》
記事本文では「空き地」と記述して、○○予定地とは明記しませんでした。これは、未利用地に関する情報の整理や理解をするのが間に合わなかったからです。インターネットの検索や、以前に目を通した鉄道雑誌の記述などから、この未利用地部分には、北千葉道路・千葉県営鉄道・成田新幹線の予定地が含まれていることは掴みました。白井や西白井の空き地に、成田新幹線は含まれていないです。

ただ、北千葉道路の構想自体を把握していません。現在北総線に並走する記事本文でも写っている道路は、道路地図では国道474号線になっていますが、Wikipedia「北千葉道路」によれば、県道だったのを1993年に国道指定にしたとの記述がありました。北千葉道路とはいったいどのような完成図を描いて計画していたのか、現在の姿が目指す方向だったのか、もっとよく知りたいのです。

理解するのが間に合わなかったので、言葉を濁した形の表現をとりました。文献読みなどの確認作業を実行するのに時間がかかると思いますが、北総線開業当時から用途が気になっていた土地です。5000形の動向には直接関係はありませんが、長年の宿題として、是非把握してみたいです。
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