2008年1月 1日 (火)

【ごあいさつ】 本年もよろしくお願いします。 

新年明けましておめでとうございます。

昨年7月、現役引退から12年という節目でスタートした都営5000形をテーマにしたブログです。実際は、節目だというよりも、ブログにまとめる気になったから始めたようなものですが、開設してから半年が経過しました。

HPやブログの経験がなかったこともあり、はじめの2ヶ月は更新しても検索エンジンで紹介されない設定にして、体裁を整えることを優先していました。
 9月の更新時より検索に反映する設定にしてみたところ、急速にアクセス数が増加しました。それも「浅草線」や「京成」・「京急」の検索だけでなく、都営5000形をキーワードに検索し訪問してくださる方が思った以上に多いのです。都営5000形を気にしているのは少数だろうと思い込んでいたのに、よい方向に予測が外れて嬉しく感じています。

これまで交流のなかった方からもコメントやメールをいただきました。ありがとうございます。当時の思い出話を拝見したり、当時まだ年少で撮影できなかったので嬉しいです、とのコメントもいただきました。私よりも世代の若い方にもご覧いただけているのが励みになっています。

先日予告させていただきましたが、1月更新より先の期間、しばらく京成のいわゆる“赤電”車両の紹介を連続して行い、本編の5000形の方は少しお休みさせていただきます。お休みの間に、概説の記事を少し出してみようと思っています。

TOP記事は本年も2ヶ月毎の更新とさせていただきます。
本年もよろしくお願いします。 

(当記事は1月16日までTOP頁に掲載していました)

画像は、京成大和田駅ホームで撮影した5096号車の側面です。京成大和田の項で紹介しなかった画像です。少し画像を明るめに補正しましたが、床下機器は暗くて判別しにくいですね。
199503_oowada_5096_2

2007年11月18日 (日)

【08A】 京成八幡

08_28_23 《京成線内の島式ホーム》
当時京成中山駅近辺に住む友人宅へ向かう際に、普通列車への乗り換えも兼ねて、八幡駅で5000形を撮影したものです。京成線内では珍しい島式ホームの駅という以外に特色もない光景ですが、せっかく5000形を撮影できるのだからと、時間を合わせて撮ったものです。

線路の間の架線柱や信号機器がなければ、もう少し車両の側面も入れた撮影をしたかったのですが、下見せずに現地に立ってみたら、正面がちに撮るしかないということになりました。

京成八幡駅は駅前に京成百貨店がある、特急列車も停車する主要駅です。現在は都営新宿線本八幡駅との接続をしています。

京成線では、有料制でない優等列車はもれなく八幡に停車していたのに対して、並行するJR総武本線の本八幡駅では快速列車は通過しています。反対にJR快速が停車する市川に近接する市川真間を京成の特急は通過しています。この対照的な停車駅の設定は幼い頃から興味がありました。

08_28_12

《どこかのんびりした雰囲気が》
発車直前に1枚撮ってみました。影が多いですが、並走するJR総武本線の駅との規模の違いを感じるホームの様子です。

朝夕ラッシュ時以外の時間帯ばかりの私の体験ですが、八幡は特急停車駅であるにも関わらず、大勢の乗客が乗り降りする様子は見られませんでした。この画像からも賑やかさは感じられず、どこかのんびりした雰囲気があります。

《休日に多かった都営車急行》
撮影当時、平日は2本の編成が各々1往復するだけの都営車使用の急行列車も、休日ダイヤになると都営車使用の急行列車が増加しました。増加した理由は未確認ですが、都営車の京成線内急行列車を楽しみたければ、休日が狙い目でした。1991年3月のダイヤ改正当時は5000形8両編成が主力の休日の急行運用も、5300形の投入されていくにしたがって、次第に5000形の姿が見られなくなっていきました。
概要ですが、京成車直通急行運用の歴史はこちらへ

▼(西馬込寄) 5117-5120は1968(昭和43)年10月泉岳寺-西馬込間開業時の5次車で登場(近畿車輛製造)、1994年8月26日廃車。

▼(成田寄) 5141-5144は1968(昭和43)年10月泉岳寺-西馬込間開業時の5次車で登場(ナニワ工機製造)、1994年8月26日廃車。
同日に上記の8両だけが廃車になっていますので、撮影後もこの2編成併結の8両編成で運用に就いていたものと思われます。

続けて、京成車だけの構成ですが、当時よく下車していた京成中山駅で撮影した画像を紹介します。

(1993(平成5)年2月14日撮影)

2007年11月17日 (土)

【08B】 京成中山

08_28_13 《構内踏切のある駅、京成中山》
1990年代前半頃、下総中山に住んでいる友人(男性)宅に訪問するのに、乗り換えの楽な京成電車利用でも出かけていました。その際に撮った画像を紹介します。

※この記事には都営車の画像はありません。

構内踏切があるからレトロというわけではありませんが、構内踏切のある駅のもつ雰囲気には、鉄道ファンとしては趣深いものを感じます。

中山駅の場合は、駅部分だけでなく駅周囲の街の雰囲気も昭和30年代そのままといっていいのでしょうか、京成電車であれば、この画像に青電を置いても違和感を感じないことでしょう。中山法華経寺の門前町の風情がいい感じです。

Wikipedia「京成中山駅」に掲載されている駅の画像(2005年撮影)と比べますと、下りホーム(船橋方面)では踏切部以外に上屋がないのに対して、現在ではホームの長さ半分程度の上屋が設置されています。
撮影時点では一時的に上屋が撤去されていたのでしょうか。確認不十分です。

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2007年8月18日 (土)

【04】 京成大和田

Oowada_5121_29t_1 車両がとりわけ小さく写っている画像からの紹介で失礼します。大和田駅へ向かってくる「急行 西馬込」行を撮りました。

《築堤の上を行く地下鉄電車》
高架線の少ない京成線内で、電車が築堤上を走る姿を、離れた位置から眺めるのはいいものです。青電以降の歴代の塗装には赤系統の色が用いられていて、それが電車の姿を遠くから目立つものにしてくれます。
京成電車に似たカラーを採用した都営車も同じです。塗装変更後も、赤帯1本が遠くから映える存在です。

大和田駅の佐倉・成田方は、築堤に加えて、折返用の引上線があるために、線路敷が通常の複線よりも広がっています。それもあって、広がる光景を記録したいと思って撮ったのですが、先頭車にかかる電柱が色違いということもあって、目障りな存在です。

そもそも、シャッターを押すタイミングを、先頭車が左カーブを終えたあたりで狙ったほうが、もっと編成全体が綺麗に収まったのかもしれません。ただ、このときは、長く伸びる8両編成を捉えることにこだわり、電柱と電柱の間に前面が来たときに撮ることに執心していました。

この日は、29Tに5000形が充当されているのを確認して、成田行を撮影後、大和田へ移動して待ち構えました。1991年(平成3)年の北総線直通運転開始後は、もともと少ない本数がさらに減少していた、平日の京成線直通急行運用でした。

Oowada_5121_29t_2 大和田駅へ到着します。
対向列車もなく、いい感じで撮れているのですが、かなりぶれてしまっています。

無理やり補正をかけています。

左に見える引上線は長らく普通列車の折返し用でしたが、40年近く前には優等列車の折り返しもありました。 

 1968(昭和43)年5月の改正(都営浅草線泉岳寺延伸開業は翌月の6月)で、大和田ー大門(6月21日からは泉岳寺)を結ぶ急行列車が設定されました。列車は、この引上線を利用していたものと思われます。
ただし、同年11月の西馬込延伸開業時の改正で、急行列車の運転区間が西馬込ー佐倉と両端が延伸された形となり、大和田折返しの設定は数ヶ月の短期間のものとなりました。

▼5121-5124は1968(昭和43)年10月泉岳寺-西馬込間開業向け5次車で登場(近畿車輛製造)、1995年10月14日廃車。
(1995(平成7)年3月撮影)

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