2008年7月 1日 (火)

旧塗装姿の画像が掲載されました

☆5000形画像が掲載されました。
先々月の話になりますが、都営5000形画像を掲載した鉄道雑誌発行会社のブログがありましたので、紹介します。鉄道雑誌『Rail Magazine』を発行するネコ・パブリッシングのHP「鉄道ホビダス」内の「消えた車輌写真館」で、2008年5月23日付です。
アドレスは、ブログの2008年5月分となります。
http://rail.hobidas.com/photo/archives/2008/05/

解説文には、「乗り入れ三者(都・京成・京急)間の「直通車輌統一規格」に基づき設計・製造されているが、車体等に当時の花形、営団500系との類似・共通点が見られる。」とあります。塗装は異なるものの、登場当時インパクトの大きかったに違いない丸ノ内線用車輌に似た外観をしています。これは大阪市営地下鉄1200・5000形にもいえることで、当時の地下鉄車輌の流行したデザインともいえるでしょう。

被写体の車輌は、オリジナル塗装の京成線直通急行列車に充当されている姿です。 5000形の塗装変更は時間をかけて行われましたが、京成線直通急行運転に用いられるようになったのは1983(昭和58)年改正で、塗装変更から2年後の実施です。そのうえ、京成線急行への充当本数は大変少ないものですから、旧塗装だけの編成にあたる確率は高くはありません。そういった意味では、掲載写真はとても貴重な記録です。

旧塗装の京成線直通急行列車は、目撃したことはあっても撮影したことはありません。当時は同じ編成が何度か京成線直通急行列車で往復しますので、編成のチェックができれば、数回撮影することができました。

さて、この写真は、青砥駅下り列車ホームから撮影したもので、ほぼ同時に出発した上野発の列車も写っています。小さく写っていますが、3100形の大和田行とみました。行先標識板のデザインと3文字表示らしい点から判断しています。

前述のように、都営車の急行列車は多くありませんから、普通大和田行の発車時刻との照合で、被写体の列車の撮影時刻が特定できるのではないかと思い、当時の時刻表を取り出して確認してみました。(続きは次回に)

紹介したブログでは、都営5000形は過去に2回紹介されています。
【1度目】 2007年5月22日 5113号車を先頭にした6両編成 29T 川崎行 新塗装 1988年撮影
【2度目】 2007年7月6日 車輌番号・運行番号不明 20周年ヘッドマーク装着車 川崎行

2008年6月26日 (木)

都営-京急 相互直通運転40周年(その1)

1968(昭和43)年6月21日より、東京都交通局と京浜急行電鉄との相互直通運転がはじまって40年になりました。

現在、京成・都営・京急各社・局の車両5編成づつ、合計15編成に40周年記念ヘッドマークが装着されています。掲出期間は10日間で6月30日(月)までとなっています。
都営地下鉄HPの告知サイトによりますと、ヘッドマークのデザインについて、「ヘッドマークは、明日に向かって上昇する熱意・企業姿勢を表現した「4」と、3社局の結びつきを表現した「0」で「40」周年を表現したデザインとなっており」と書いています。

実際の様子は見ていませんが、ありがたいことに、多くのブログでヘッドマーク装着姿の画像を拝見することができます。装着編成や運用も掴めていない段階から、現地で撮影されている様子がわかりました。
ヘッドマークそのものは、小型のステッカー状で、前面窓向かって左側に内側から装着あるいは吸着で掲出されているようです。装着車両として告知HPに記載されている京急600形・都営5300形・京成3000形はともに、正面向かって左側は非常口扉になっており、扉のガラス部分に掲出されています。

☆コラムという形で
この40年のうち、都営5000形は27年間直通運転に携わっていました。今回は40年前の直通運転開始時に焦点をあてて、感じていることを少し書いていきます。
私の都合で、短い文章を何度かアップさせていただきます。また、1968年以降のできごとには今回は触れませんので、その旨ご了承ください。

書きたいことは、次の5点です。
1.初の地下鉄車両による優等列車充当
2.5000形の種別表示窓ははじめから優等列車運転を見込んでのこと?
3.初の直通運転開始時点からの優等列車乗り入れ
4.初の直通運転開始時点からの、地下鉄車両と乗り入れ相手の車両で運転区間が異なる乗り入れ形態。
5.3社・局線直通列車の登場

1と2、3と4は、密接に関連していますので、実際の文章は大きくは3つのテーマで書いていきます。都営-京急は、地下鉄との相互直通運転開始の5番目の事例ですが、それまでの相互直通運転にはなかった運転形態がいくつもありました。今回はその部分に着目してみました。
続きは次回となります。

2008年6月 5日 (木)

【5300形画像】 番外編☆馬込文庫

5300形画像の紹介は前回更新分で終わりましたが、今回は5300形番外編と銘打って、馬込駅改札口脇に設置されている「浅草線馬込文庫」を紹介します。

紹介する物件は本棚なのですが、その本棚が5300形を模したものなのです。それもイチョウマークが前面窓上部に設置されている、デビュー当時の姿という点が貴重です。実車は1994(平成6)年の段階で、前面のイチョウマークの位置が扉部分へ移動しています。

本棚とはいっても、実車の印象把握がよくできていて、イチョウマークの位置で大騒ぎするほどの出来です。今回はブログでのご紹介が目的でしたので、「馬込文庫」の歴史や経緯、本棚の製作者は調べていません。ただし、繰り返し書いているイチョウマークの位置からして、5300形登場の1991年(平成3)年から数年の間に製作されたものと思われます。

【おことわり】
→この記事は5300形を模した物件の紹介だけが目的で、詳細を把握することを望んでいません。この件で、都交通局をはじめ問い合わせはしないでください。
また、紹介している馬込文庫は、駅利用の皆様のための本棚ですので、当記事は趣味目的等本来の利用方法以外の関わりを促すものではありません。よろしくお願いします。

馬込駅の中延寄り改札口(エスカレーターのない階段に繋がる)のすぐそばに設置されています。
全景画像(平成20年3月20日撮影) 前面には「21T 普通 西馬込」の行先表示が、LED文字を模してオレンジ色で表現されています。

Photo

前面を飾るのは「馬込文庫」のヘッドマークです。前面下部はスカートが小さめだった初期タイプのイメージを表現されています。
(平成20年3月20日撮影)

0320 さらに画像を掲載しています。

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2008年1月17日 (木)

【リンク記念】 営団3000系画像

《東急東横線の8000系さよなら運転を見ました》
1月13日(日)に運転された8000系さよなら列車を多摩川駅で見送りました。

 最後に残った東横線8000系の8017F、外観はいわゆる歌舞伎塗装と呼ばれた更新後の姿でしたが、この日の運転のために先頭車前面の行先表示がLEDから字幕に戻され、両先頭車に別々のデザインのヘッドマークが装着されました。そして、さよなら運転列車は、元住吉で行先を変更する形の特急列車を臨時設定して実施され、単なる最後の運転にとどめない、趣向が凝らされたさよなら運転でした。

丁度運転時間帯に重なっていたこともあり、多摩川駅ホームにて、この日1度だけ運転された元住吉発渋谷行特急列車を見送りました。列車そのものは元町・中華街始発元住吉行特急として運転後、元住吉で後続の特急列車に追い越される間に行先変更をして、あらためて渋谷行として運転される時刻設定とされました。字幕表示へ戻ったことに加えて、通常は見られない「特急 元住吉」表示にも注目が集まったことでしょう。

ブログ「元総会長の『ほのぼのblog』」の作者プレ坊さんは、元住吉で8000系列車を追い越す特急渋谷行に乗り、自由が丘へ移動されていました。私が多摩川駅ホームで見ていた横浜高速車使用の特急列車に、プレ坊さんが乗車していたということなのです。ニアミスをしていました。

《営団日比谷線の3000系画像を紹介します》
私がプレ坊さんのブログへコメント投稿をしたことをきっかけにして、当ブログのリンクを設置させていただきました。ありがとうございます。1980年代の東横線の思い出話をはじめ、居心地のよいブログを拝見するのが楽しいです。
 リンク設定を機会に、1994年まで現役だった営団日比谷線用の3000系画像を紹介させていただきます。「8000系さよなら運転」の撮影日記に感化しましたので、3000系の引退直前に運転された装飾電車の画像を選んでみました。

ブログを開設した当初から、都営5000形とほぼ同期の営団3000系をいずれ取り上げる予定にしていましたので、構想していた時期よりも早い公開にはなるものの、この機会を利用してみました。

Nakameguro_3055_2 

1994(平成6)年7月20日、中目黒駅ホームの恵比寿寄りから撮影したものです。

広くないホームに撮影者がいっぱいでした。そのためホーム先端に立つことは適わず、先端手前の位置からの撮影になりました。
 画像の下に見える(8)の停止位置目標からみて、北千住方向の電車が入線していれば、うまく撮ることはできなかったでしょう。

3055号車先頭の8両編成中目黒止まり。

《“マッコウクジラ”装飾電車》

Nakameguro_3056

中目黒駅停車中に撮影した、最後尾の3056号車側面部です。“マッコウクジラ”装飾はこのようになっていました。尾ひれが切れていますが、だいたいの輪郭は掴めると思います。

ステンレスシルバー一筋の3000系でしたので、色の入った車体を見られたことが喜びでした。

車体に「祝・日比谷線全通30周年」とあるように、1964年に全通してから30年が経過しました。都営浅草線よりも4年も早い全通です。しかしながら、普通列車主体の乗り入れ形態は40年が経過した現在でも変わりありません。

Sengendai_3056_b

中目黒で撮影後は先行する列車で移動して、東武伊勢崎線西新井駅で到着する様子を撮影後、準急列車でせんげん台駅へ先回りしました。

上記画像は、せんげん台駅を出発するところ、“マッコウクジラ”を反対側からも捉えてみました。またもや尾ひれが切れてしまいました。

《3000系を最後に撮った駅》
Segendai_3056_a

せんげん台駅停車中の様子です。文字数の多い「東武動物公園」の行先表示を撮影できました。

装飾は両先頭車のみで、中間車は外観上の変化は見られません。先頭は3056号車、貫通扉に貼付されたヘッドマークはマッコウクジラをデザインしたものでした。

中目黒・北千住・西新井と撮影目的の方が多く、必ずしもよいポジションで撮影できませんでした。そこで、せんげん台ならば~との想いで向かったところ、誰もいないくらいでひと安心。あとは、対向列車が到着しないことを願うばかりでした。対向列車の被りもなく、落ち着いて希望通りのアングルで撮ることができて安心しました。

《1994年初頭でもトップナンバーが健在》
Denenchofu_3001

地下駅工事中の田園調布駅で撮影した3001号車です。3000系が全車引退する1994年に入っても、まだ3001号車は健在でした。

営団3000系は、都営5000形よりも1年早く全車引退しました。嬉しいことに、長野電鉄へ譲渡された車両は営団時代からの変化も小さいまま今なお現役です。

昨年(2007年)には、画像のトップナンバー3001号車を含めた2両が東京メトロへ里帰りしてきました。
12月15日に綾瀬車両基地で実施された地下鉄開通80周年イベント「見学会&車両撮影会」で引退前の姿に整備されて展示されました。

3001・3002号車は、1961(昭和36)年3月6日竣工、1994(平成6)年7月1日廃車除却。
(『鉄道ピクトリアル』No.759 2005年3月臨時増刊号 【特集】東京地下鉄 P233 「東京地下鉄車両履歴表」参照)

当時の田園調布駅は、東横線と目蒲線の複線が隣り合う線路別複々線の配線になっていました。

《菊名での3000系》

Kikuna_3020

最後の紹介画像になります。この画像のみ1988(昭和63)年8月の撮影です。

菊名駅ホームに入線する3020号車を先頭にした3000系です。長らく日吉どまりだったのが朝夕を中心に菊名まで乗り入れ先が延伸されました。急行列車ならあと1駅で横浜の位置です。

隣のホームの軽量ステンレスカー試作車が目に留まり、3000系の位置が思ったよりも手前で撮影した形になりました。

当時菊名駅は20m車8両編成の渋谷寄1両は扉締切扱いで、急行列車を待避する各停が停車しますと、日中でも開かずの踏切と化していました。(後に踏切は廃止されてます)

◇ブログ「元総会長の『ほのぼのblog』」
プレ坊さん、よろしくお願いします。

2008年1月16日 (水)

【blog紹介】 リンク追加&ブログ案内

当ブログをご覧いただきましてありがとうございます。
リンクも少しづつ増えてきています。本日新たに2つのブログのリンクを設置しました。このブログの紹介とともに、以前からリンクさせていただいているブログの現況をご案内します。

【新規リンク】
◇あらかわ交通ノート Arakawa Traffic Note

 本日新たに相互リンクで設置いたしました、特急あらかわさんのブログです。相互リンクのお申し出をしていただきまして、ありがとうございます。
 京成線に関する造詣が深く、首都圏の鉄道事情や地名に関する考察に注目しています。先日のコメント返信でも触れましたが、以前から京成線の現況を把握するためにお邪魔しておりました。

【新規リンク】
◇元総会長の『ほのぼのblog』
 本日新たにリンクを設置いたしました、プレ坊さんのブログです。一足早くリンクを設置していただきましてありがとうございました。
 小学生の頃に撮影された東急東横線の画像が掲載されていますが、本格的に鉄道模型制作・鉄道趣味活動を始めたのは最近のことだそうです。今年の1月5日に完結した東急初代7000系製作記を拝見したときは、プレ坊さんはベテランモデラーと思っていたのですが、ブログを読み進めてみたら違っていたので驚いています。トレジャータウンをはじめとする御馴染みのエッチングパーツも用いて、リアルさを追求しています。

 1月13日(日)は、東急東横線でさよなら運転を行った8000系特急列車の撮影にお出かけになり、思い出の詰まった車両の最後の雄姿を記録されていました。東急エリアで育った者としてプレ坊さんの8000系への想いに共感しています。 
 
リンク設置記念という意味合いも込めて、都営浅草線と乗入れ事業者をテーマとしたブログではありますが、別記事で東急東横線に関連する画像を紹介します

先月12月14日に相互リンクを設置いたしました、A80&481さんのブログです。京急や京成の話題も取り上げています。mixiでもお世話になっています。

◇モボ105(にゃんこ)のブログ
昨年末は京都の嵐電を、年始からは、元旦に九州までお出かけした際に撮影した画像を紹介しています。本日1月16日は、京都市営地下鉄東西線の二条~太秦天神川間の延伸日です。

◇デハ712のデジカメ日記2007
京急車両を中心に、首都圏の鉄道車両の画像を多数紹介しているデハ712さんのブログです。昨年の10月下旬以降は更新を休止している状況です。更新は再開する予定と伺っておりますので、更新が再開しましたら、こちらでもお知らせさせていただきます。

東急バス趣味でお世話になっている渋72さんのブログです。今回は、HPに併設されている別のブログを紹介します。

年末より、更新が活発に行われています。東急バスの1980年代の躍進を象徴する3扉車と貸切兼用車(ロマンス車)の画像と、1970年代に撮影された貴重な画像がたくさん掲載されています。東急バスファンに限らず路線バスファンに楽しめるものと思います。1972年~1985年頃まで採用されていた東急バス独自の系統板を装備した姿も堪能できます。

バス後ろの方向幕が未設置のバスの系統板枠が設置された位置が、車両により様々なことを観察するのが楽しみです。前面でも緑ナンバーの位置を移動してまで系統板枠を設置した、三菱製のバスもありました。

2008年1月 1日 (火)

【ごあいさつ】 本年もよろしくお願いします。 

新年明けましておめでとうございます。

昨年7月、現役引退から12年という節目でスタートした都営5000形をテーマにしたブログです。実際は、節目だというよりも、ブログにまとめる気になったから始めたようなものですが、開設してから半年が経過しました。

HPやブログの経験がなかったこともあり、はじめの2ヶ月は更新しても検索エンジンで紹介されない設定にして、体裁を整えることを優先していました。
 9月の更新時より検索に反映する設定にしてみたところ、急速にアクセス数が増加しました。それも「浅草線」や「京成」・「京急」の検索だけでなく、都営5000形をキーワードに検索し訪問してくださる方が思った以上に多いのです。都営5000形を気にしているのは少数だろうと思い込んでいたのに、よい方向に予測が外れて嬉しく感じています。

これまで交流のなかった方からもコメントやメールをいただきました。ありがとうございます。当時の思い出話を拝見したり、当時まだ年少で撮影できなかったので嬉しいです、とのコメントもいただきました。私よりも世代の若い方にもご覧いただけているのが励みになっています。

先日予告させていただきましたが、1月更新より先の期間、しばらく京成のいわゆる“赤電”車両の紹介を連続して行い、本編の5000形の方は少しお休みさせていただきます。お休みの間に、概説の記事を少し出してみようと思っています。

TOP記事は本年も2ヶ月毎の更新とさせていただきます。
本年もよろしくお願いします。 

(当記事は1月16日までTOP頁に掲載していました)

画像は、京成大和田駅ホームで撮影した5096号車の側面です。京成大和田の項で紹介しなかった画像です。少し画像を明るめに補正しましたが、床下機器は暗くて判別しにくいですね。
199503_oowada_5096_2

2007年9月30日 (日)

【「列車」番号と「運行」番号と「運用」番号】

★無意識でした
当ブログでお世話になっている書籍『京急ダイヤ100年史 1899~1999』の著者、吉本尚様のwebでの発言が勉強になりましたので、こちらで紹介いたします。拝読後、ブログ内の表記の見直しをしているところです。

内容は、「運転」「運用」「運行」という言葉の混同に関するものです。

このブログでは、撮影した列車を記述するのに列車番号を用いています。都営浅草線と乗り入れ相手の事業者では、列車番号は始発駅の発車時刻順に数字が増えていくのではなく、運行番号を基準に、始発駅出発時刻を頭につける形をとっています。この付番方法の利点は、車両がどの列車へ折り返すのかが容易にわかることです。例えば列車の前面に23Tと記載した車両の場合、時刻表で下2桁が「23」の列車を辿ることで、23Tに充当している車両の動きがわかるのです。

ところが、この数字は万全ではありません。かつて都営車に6両編成と8両編成が混在していた頃、6両編成だった23Tが、途中から8両編成の23Tに変わっていたことがありました。これは実際には車両交換が行われていたことを示しています。(都営車は日常的に増結・解結はしません)
このことは、『京成電車時刻表』に編成両数の明記があったおかげで外部の者にも推測できました。(都営車が全て5300形8両編成に統一された現在ではできないでしょう)

そして、運用番号であれば、その日1日は同じ数字を使い続けるのが原則ですので、列車の前面に表示される2桁の数字は「運用」番号ではないことになります。これは「運行」番号だというのが、吉本尚様の発言です。このあたりの区別をこれまで意識しないままでいました。

★見直し第1弾、「ブログ内の表記について」
ここでは、必要な部分を引用してみます。(下線は引用元になし)>>>>
2.列車番号表記は、下2桁奇数+の表記に統一します。
列車番号記載で参照しているのが『京成電車時刻表』です。都営・京急の市販時刻表には長らく列車番号が掲載されませんでしたので、『京成電車時刻表』の記載を優先します。

都営浅草線系統の列車番号は、上1-2桁が始発駅を出発する時刻、下2桁が運行番号、数字の後のアルファベットが所属事業者を表わします。
この下2桁の数字を辿ることで、おおよその列車運用の流れが掴める仕組みになっています。(車両交換や列車番号が変わることもあるので注意も必要)
>>>>>>>>以上、引用終了

下2桁は「運行」番号と書いていたのですが、どの書籍を引用したのか忘れてしまいました‥。
(【追加】:Wikipedia「列車番号の付番方法」東京都交通局を参照して書いたようです。)

★勉強になりました
当ブログでお世話になっている書籍、『京急ダイヤ100年史 1899~1999』の著者、吉本尚様が開設されているHP『京急ダイヤ100年史 吉本尚の鉄道ダイヤを楽しむページ』内の掲示板、『新“PARLATA”ーーおしゃべりの部屋』の2005年5月5日に、「運転・運用・運行(雑談)」というタイトルで、勉強になる投稿をしていました。

以下、掲示板文章の一部引用です>>>>>>>>
「運転」「運用」「運行」
これらの語には厳然とした違いがあるのですが、趣味者の間ではかなりいい加減な使われ方がされているようにも思います。

運転:車両(列車)を走らせるオペレーションのこと。「運転士」「上手な運転」「乱暴な運転」「回復運転」など。
運用:車両(編成)の使い回し。「車両運用」「2100形の運用」「付属編成の運用」「余裕のある運用」など。
運行:列車の走らせ方。「900A列車の運行」「定時運行」「運行再開」「列車運行図表(ダイヤグラム)」など。

ただし運行、運用というのは業務用語なので日常生活では「運転」で代用されています。たとえば「臨時列車の運転」。
これは業務的にいえば臨時列車の「運行」で、その「運転」は運転士さんの仕事。

「運用」と「運行」は趣味者の間でよくごちゃ混ぜに使われています。
京急には「運行番号」というものがあり(1A、3B、11Hなど)「運番」とも略されますがこれを「運用番号」という人もある。
私もかつて区別が付かずにいた時期もあるのですが、京急の場合は明らかに運行番号です。

運用番号は車種や編成両数などを主体とした付番で、列車種別が変わろうが出庫時から入庫時まで変わらないのが通則。これは小田急のダイヤなどに見られます。

(小田急の事例を紹介している部分は省略します)

京急の場合はそうではなく、11Aなどの付番は車種ではなく列車種別を表してます。だから折り返し時などに列車種別が変わると、伴って付番も変える(11A→11Cなど)。
運番を見ただけでは組成表を参照しないと使用車両はわからない。運用番号ではないということです。

>>>>>>>>>>>引用はここまでです。

都営浅草線を走る列車の場合、3-4桁数字+アルファベットが「列車番号」、下2桁数字+‥が「運行番号」で、「運用番号」はそれらの数字と同じとは限らない(全く別個の数字かも)という関係になります。この文章を読んで、「列車番号」と「運用番号」と「運行番号」の区別が理解できました。このブログは専門家向けではありませんが、これらの用語の意味の違いを意識して今後は記述していきます。

長文にしてまで語ることか、とツッコミがありそうな文章で恐縮です。

★気になる部分を概略で紹介
引用文で省略した小田急の事例紹介の部分を、概略で触れます。
小田急のダイヤには列車毎に「運用記号」が付けられていて、これを見ることで、形式と編成両数の組み合わせがわかるのだそうです。おかげで6両+4両の2編成連結の10両連結でも、各編成の形式がダイヤを見るだけで掴むことができます。増解結の多い京急線には向いている方式と思いましたし、吉本様の発言も、京急の現状から小田急方式の採用を提案する内容になっています。

2007年9月11日 (火)

【書籍紹介】 「大手私鉄比較探見 東日本編」 

★都営5000形の写真に魅せられて
JTBキャンブックスの最新刊です。テーマの大きさと価格(\1,800)に比べて本の厚さが薄い気がして、購入しようかどうか迷ったのですが、裏表紙の4枚の写真のなかに都営5000形旧塗装4両編成のカラー写真があったものですから、その写真欲しさに購入しました。

裏表紙に写真を掲載しただけあって、この時代の新刊なのに都営5000形(5200ではありません)の記述がありました。目新しい内容ではありませんでしたが、5000形ファンとしては避けられぬ出費といえましょう。
 それでは、皆様へのお薦め度はと言うと‥難しいところです。下記に紹介した車両ファンが読めば共感することが多い反面、記述内容に偏りがあるからです。

★紹介している車両
今日を築いた車両:;東武8000、西武101、京王6000、小田急5000、東急8000、相鉄7000、京急1000(初代)、京成3600、都交5000、東京地下鉄5000、
往年の名車::東武DRC、小田急NSE、京王5000

★考察している輸送サービス

相互乗り入れ、ホームライナーの充実化、ソフトウェア(空調、ドアのゴム、蛍光灯、窓ガラス、匂い、女性専用車の必要性)、ハードウェア(パワーエレクトロニクス、台車)、車両の値段と安全性、ダイヤ

★感想1.車両の機器・性能面の割合が高い
読んだ感想としては、作者の判断基準に基づく関東大手私鉄を書いた本と感じました。そしてその基準が経済性・汎用性に置かれている点が目新しいのです。
“理想の鉄道車両”の章で、「私は車両のアコモデーションより走行装置の良し悪しで車両を評価している。振動をいかに吸収して走行するかだ。」と記しています。この書籍は、車両・ダイヤ・ターミナルを中心に眺めるというテーマが掲げられていますが、車両の性能・機器に重点がおかれた記述がなされています。それも鉄道会社毎の特色を踏まえた論を展開しており、単純に高加減速車を採用すべき、新線を建設すべき、という提言ではありません。そういった意味では、客観的事実を踏まえた冷静な観察の目で語っていると感じます。

しかしながら、作者がアコモデーションよりも走行装置に評価の重点を置いているが故に、車両の性能・機器への記述が厚い分、客室部分の記述が少ないのです。窓の大きさ・座席の構造・路線案内、これらも重要な要素と感じますが、それらが気にならない朝夕のラッシュ時輸送を念頭に語っているのかと思わせます。また、ダイヤ面の記述は、改善希望点を描くに留まっているといえます。
 それと後半で各社のターミナルも紹介していますが、商業施設の歴史的経緯で読ませる分、駅部分を語るくだりは、データ重視というよりも、作者の印象を語っているように感じられます。雑誌「鉄道ファン」のエッセイといった趣でしょうか。データ重視は車両面の記述に留まっている印象です。メカに弱い私には参考書籍となりますが、皆様へのお薦め度は低くなります。

★感想2.すべてを語らないので、ある程度の知識が必要
この書籍は、巻頭で「この本が私鉄研究のテキストになれば‥」、巻末で「数ある鉄道趣味本の中にあって総合的見地に立って私鉄各社を眺めた本はおそらく初めてではないだろうか」と語っています。しかし、記述量からいっても入門書にはならず、各社の路線・車両の現況・歴史・特色を掴んでからでないと、作者の真意は伝わってこないように感じます。

その点に関して巻末では、車両・保安施設・営業面で、各社異なる用語・基準を用いるが故の私鉄研究の難しさにも触れているところから、私鉄研究の幅広さと奥行きは十分理解しているところを見せたうえで、巻頭では、各社の「比較を加えながら、その各社の持つエキスを抽出して書いたつもり」と語っています。際立つ違いに焦点を当てた文章に特化しているのも、エキスを抽出した結果だと受け止めました。だからこそ、薄い本になったのだと感じます。記述に偏りがあるものの、書籍全体の分量の少なさを侮ってはいけません。

★感想3.作者の関心は明瞭
私は単行本の巻頭と巻末を先に読むので、既に紹介した「私鉄研究のテキスト」「総合的見地に立った初めての本」という言葉から、この本の厚みでそれを語れるのか?と、いささか斜に構えて読み始めたのですが、切り口が異なる内容の面白さは感じました。
 その面は、P28-30の“わたしの好きな関東の私鉄車両”に現れています。作者が重視するのは車両の統一性と語り、「形式の別なく車内アコモを揃え、新旧の別なく均質の輸送サービスをすることである。」‥「技術革新は小刻みに採用せず、ある時点で大量採用することで部品の互換性および保守管理作業の統一を図る」‥「新技術に飛びつくことなく、全体のシステムの中でそれがはたして必要なのか、そうだとしてもコストに見合うか」が重要としています。内容に偏りが生じている理由が、このあたりの記述からも実感できました。
 相互乗り入れの章で、統一性の視点から、回転式マスコンのOFFとなる角度が各社に違いがあるという記述には、思わずへぇ~でした。

★求めるものは“シンプルなエレガントさ”
私は車両というものに常にシンプルなエレガントさを求めている。こうした点に女性としての感性が現れるのかも知れない。無論これは私の主観に過ぎない」
→そうなんです。作者の広岡友紀氏は女性です。女装或いは元オトコかと感じて読んでみましたが、文面からは正真正銘の女性と見受けられます。

思い出として、非鉄の彼氏と聖蹟桜ヶ丘で散歩して、多摩川鉄橋を渡る京王5000系を見た記憶を語っています。そして、作者が撮影した唯一の掲載写真が、多摩川河川敷から撮った聖蹟桜ヶ丘を走る京王電車の写真(今年撮影)なのです。(思い出の場所の写真だったんだ)
 ところどころに見える女性としての発言を除くと、女性の手になる鉄道書という意識はありません。本を初めから読まない私は、後になって気がつきました。

広岡友紀(Hirooka Yuki)さん、鉄道・航空アナリストと紹介されていますが、ネットの書籍情報からは、3冊の単行本を出しており、鉄道系は今回が初めてのようです。東急線田園調布ー多摩川園(現多摩川)間で電車を見て育ち、外国航空会社客室乗務員の経歴を持っている方です。

★総括
雑誌「鉄道ピクトリアル」で大手私鉄車両の性能面に特化した特集記事を読んでいる印象
で、その面では興味がそそられますし、文量は少ないものの紹介車両に好感を持つ方は楽しめる内容です。ただし、車両の活躍の歴史・ダイヤ・ターミナルへの言及は物足りなく、私鉄研究・分析の故 吉川文夫さんの著作や川島令三さんの著作とは趣の異なる内容といえます。
 好き嫌いの分かれる本となるでしょう。

★他のブログでの紹介
「鉄道好きな猫又の日記」 9月6日“この本は読んで本当に驚きました”では同書を絶賛しています。
私は絶賛とまではいかない紹介をしていますので、トラックバックはせずアドレス紹介にとどめます。
ttp://blog.livedoor.jp/h nekomata/archives/50931021.html#comments

【大手私鉄比較探見 東日本編】 JTBパブリッシング JTBキャンブックス鉄道79 作者:広岡友紀 本文全143ページ 2007年9月1日初版 定価\1,800(税別) 

オンラインショップ「本やタウン」の同書紹介サイト
http://www.honya-town.co.jp/hst/HTdispatch?isbn_cd=9784533068485

最後に:東武鉄道ならこの方、といわれる花上嘉成さんが写真提供で大いに協力されています。また、単行本ながらも掲載写真1枚毎に、撮影者名がフルネームで明記しています。作者撮影の写真が少ない分、目に付く部分です。

※文中の太字は私が装飾したもので、引用部分の原文では違います。

2007年9月10日 (月)

【電車バトン】

★ブログ本体とは直接関係ありませんが、楽しんでみました。

★お世話になっているデハ712さんより、バトンのご指名をいただきました。

ありがとうございます。それでは、私もやってみます。
デハ712さんとちがって、画像は用意していません。

電車バトン

1.あなたが普段よく利用する電車は何線?(区間までは不要です)

都営浅草線
東急多摩川線
京浜東北線

2.あなたにとって馴染みのある、もっとも長い名前の駅名を教えてください。

訪問は1度だけですが、このブログではこの行先表示がよく出てきます。
千葉ニュータウン中央

現存しない駅でよければ、博物館動物園(京成線1997年休止) 「博動」
→休止前には週に何回も通いました。

3.椅子に座ったら、あなたは忘れないように傘をどこに置きますか?

過去に何度も忘れているので、大抵は握ったままです。
東急多摩川線・都営浅草線に乗るときは、座席の端に座るので、肘掛部分に掛けることが多いです。

4.最近乗って、自分がVIPに思えた電車があれば答えてください。

そのような体験が最近ないので、PASS

最近乗って得した気分になったのは、阪神西大阪線 沿線の雰囲気が京成線の日暮里ー青砥に似ていて、長大な淀川橋梁をゆったり走る様子が楽しく、車両は馴染みある1960-70年代の赤胴車・青胴車ばかり。乗って楽しかったです。今度は撮らなければ
→設問からは離れた回答です。

5.新しく新幹線の駅ができるとすれば、どこに造りたいですか?

羽田空港 大井埠頭経由
JR-CでなくてJR-Eの直通希望。

6.最後に、バトンを回したい人を5人挙げてください。

「渋72さん」
「モボ105さん」
5人挙げられないので、PASSしようと思ったのですが、リンク先の皆様のお名前を挙げさせていただきました。よろしかったら試してみてください。自由参加ですので、どうぞ気にせずに。

※ここから先の記述は、電車バトンの範囲外です。
この電車バトンは、「5000形を追いかけて」←「デハ712のデジカメ日記2007」←「一応‥技工士の寄り道な気分」←「Flat Cubic -LV832の駄日記-」という各ブログからの流れでバトンが回ってきました。

「Flat Cubic -LV832の駄日記-」9月5日付“電車バトン”によりますと、「今回は「駅名バトン」を拾った「バトンセンター」からのもの」だそうです。(バトンセンターというのが存在するそうです)
ブログを読むと、バトンを始めたきっかけは、ごく気軽なものですから、バトンに興味のある方も、どうぞ気楽に取り組んでください。

バトンの回答を考えるのは楽しかったのですが、バトンのきっかけがわかると、ちょっと幻滅です。「記事にすることが無いのでバトンをすることに」と書いていますので。→事のはじまりは、こんなものなのかもしれません。 

2007年8月 4日 (土)

【久しぶりに時刻表とにらめっこ】

★はじめに
時折、本文とは異なる趣の文章を書いてみます。本線とは別モノですので、新着記事でもTOPページには表示しません。隠れた存在にしてみようと考えています。よろしくお願いします。

★開設後すぐにアドレスを変更しました。
開設僅か5日で別のブログへ引っ越しました。(2007.7.20開設・7.25移転)
理由は、広告に納得できない分野までが表示されたことで、使いたくなくなったからです。ニフティユーザーは、広告なし無料ブログを1つだけ開設できるのですが、試しに設定したままずっと忘れていました。そのブログを引っ張り出して、アドレスにtoei5000を組み込んで、より都営5000形のブログらしくしてみました。広告非表示になり心配の種がなくなって、安心して使えます。

★まだ検索できません。
コンテンツが少ないので、検索されない設定にしています。9月くらいに検索可能な設定にするつもりです。

★久しぶりに時刻表とにらめっこ
やっとタイトルの内容です。プロフィールでも触れていますが、趣味活動の比重は路線バスが重くなっています。ここ4年間、バスもまともに撮っていませんが、鉄道はさらに長く平成10年以降はほとんど撮っていません。インターネット環境が整ってからは、「撮りたい画像もweb上で拝見できるのだから、自分が撮らなくてもいいか」、という感覚になっています。鉄道好きは変わりませんが、活動的ではなくなっています。

ダイヤ改正・修正時に発刊される京急線や京成線の時刻表は、今でも欠かさず購入していますが、こちらも利用頻度は大幅に低下してしまい、ダイヤ改正直後に発行の鉄道雑誌やHPの情報とを照らし合わせするくらいで、すぐに書棚に並べておしまいです。

今回、ブログを制作するにあたって、当時の状況を確認する目的で、都営5000形引退以来ではないかと思うくらい、久しぶりに平成7年までの「京成電車時刻表」「京浜急行全駅標準時刻表」を書棚から取り出してみました。

10年以上経過していますが、当時撮影に携行し、書き込みもある時刻表を見ているだけで、当時のことをいろいろと思い出しました。5000形の運用探し、撮影のための列車探しや変わりモノ列車探しで、食い入るように時刻表を眺めていた効果は大きいです。当時チェックしていた列車も思い出してきました。概説で改めて書きますが、それぞれの時刻表の持つ特徴(京成版は列車番号と編成両数記載・京急版は通過すると行が変わる)は大いに役立ちました。

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